プロローグ
プロローグなんで触り程度ですね
「おらっ……さっさと歩け」
乱暴に兵士に背中を押され、若干よろめきながら冷たい石畳の廊下を歩く。
今から向かう場所は『無音の館』。そこに一度でも入った者はもう二度と日の光を見れないと言われる程の獄所である。
どうしてこんなことになってしまったのか……
歩きながら今までの出来事を思い浮かべる。
―――十年前、この国を治めていたフェゼント王家が革命によって倒された。今までの王族貴族を中心とし、民を虐げてきた旧体制は崩壊し、これからは皆身分に関係のない生活が送れる、新しい世の中になって行くのではないかと期待もした。
俺もその一人だ。
だが、それは違ったのだ。革命の中心的な人物となったシュヴァイン=シェイムは、自らを英雄と名乗り、国政の全ての権限を自らの手中に収め、好き放題なことをやり始める。
今思えば奴の言動には不自然な点がありすぎた。
奴は、口では旧体制のやり方を非難し、実際には旧体制下の王族や貴族の暮らしよりも豪華なのではないかという生活を送り続けてきたのだ。
革命以前は村の下っ端警備兵だった俺が、革命の時の活躍により英雄直属の衛兵団の団長として取りたててもらったことで、舞い上がっていたのも奴の本性に気が付くのが遅れた原因だ。
革命の直後、奴は革命成功を祝うという名目で毎日のようにパーティーを開いた。しかし、一週間が過ぎようが、一月が過ぎようが、一年が過ぎようが、奴の開くパーティーはいつまでも続いた。
そうして二年が過ぎた頃、ようやく俺も異常に気が付きはじめる。
税を引き上げ、民の監視を厳しくする、税が納められない民には厳しい罰を与える、などなどなど…………まるで旧体制下のときのような政策を次々と行う奴に、俺は疑問を持った。何度も奴に確認したが、やれ衛兵団の団長が口を出すことではないだの、これは国のために必要な政策だの、といった調子でいつもはぐらかされる。
結局この十年間でこの国の生活は革命以前よりも悪化した。
この国の町の様子を見てみると良く分かる。皆、乞食のように道中をふらふらとするだけ。店らしい店も出ておらず、子供の声など泣き声くらいしか聞こえない。……まぁ、一部の人間は贅沢三昧の生活を送っているが……
―――だからもう一度革命を起こした。
俺は、以前の革命の同志や同じく奴の政策に不満を持つ者達を集め、奴―――シュヴァイン=シェイム―――に立ち向かったのだ。
まぁ、結果は今の状況から分かる通り失敗。
革命に加担した者は全て反乱分子として捕えられ、首謀者である俺はこの『無音の館』に投獄になった。
『着いたぞ』
兵士の野太い声が響き、俺は無意識で顔を上げる。
目に映ったのは巨大な鉄の扉。絶対に開けられず、絶対に出られないと言われるその扉の前に立たされて小さな身震いが起こった。
兵士が石壁の一部を押すと、ぎちぎちと鈍く低い音を立てながらゆっくりと鉄の扉が開いて行く。そんな扉の隙間からは真っ暗な闇が広がっている景色が見えた。
ズシンと大きな音を立てて扉が完全に開くと兵士は口を開いた。
「ここからはお前ひとりで進め、逃げようなんて考えるんじゃねえぞ」
自分を招き入れるかのような闇に一歩ずつ進んで行く。
体が完全に扉の内側に入ったのを確認した兵士は満足げに笑みを浮かべると、もう一度石壁を押した。
重々しい音を立てて今度は扉が閉じていくのを俺はただ無感動に眺める。そうして完全に扉が閉まって明かりらしい明かりが俺の周りから消えた。
前後左右も分からない闇の中でも、しばらくすれば目が慣れてくる。うっすらと見える壁を頼りに俺は牢獄の奥へと進んで行った。
人の気配は無い。
しばらく進んだ先には行く手を阻むように太い鉄格子が並んでいた。しかし、俺が傍まで来ると、それは待っていたかのようなタイミングで鉄の擦れる音を出しながらゆっくりと開く。入れと言うことだろう。
どんな原理で勝手に扉や鉄格子が動いたりするのか知らないが、なるほど流石は絶対に脱出不可能と言われる牢獄だ。警備兵をやっていたころに見た村の牢獄など、これに比べれば唯の民家になり下がる。
「ったく……厄介な所だ」
誰かに監視されているのかもしれない牢獄の本当の入り口でそうぼやきながらゆっくりと足を踏み出した。
***
結構広いんだな……
暗いため正確な広さは分かった物ではないが、貴族が舞踏会を行うパーティー会場くらいはあるのではないだろうか。
無駄に広い牢獄を見渡しながら、辺りを意味もなく歩き回る。しかし本当に広い。集団収容するにしたってあまりにも広い。
とりあえず牢獄のどのあたりかは分からないが壁にもたれかかる。このままこの牢獄で野垂れ死ぬつもりは毛頭ない。脱出者がいないのなら、自分が初めての脱出者になってやればいいだけの話だ。
そうして脱出した後、あの憎きシュヴァイン=シェイムを今度こそ英雄の座から引きずり下ろす。あんな奴が英雄なんてたまったもんじゃない。
「……今に見てろよ……シェイム……」
「…………」
ふと、そう呟いた刹那に隣に人の気配がして、無意識にそちらへと目をやってしまった。
「―――っ!? 誰だ」
目に入ったのはその人物の目。まるでその目自身が光源であるかのように赤く爛々と光った眼がこちらへと向いている。驚いて飛びあがった俺にその目玉の主人は予想よりはるかに高い声で俺へと話しかけてきた。
「……それはこちらの台詞だ」
その言葉と同時にシュッと何かを擦る音が聞こえたかと思うと一気に辺りが明るくなる。暗闇に慣れた目には少々眩しくて、一瞬目を背けてしまったが、マッチでついた火の明かりで目玉の正体が明らかになる。
明かりで照らされた顔は美しいと形容して間違いは無い。
なりは貴族のようだが、あまりにもボロボロの薄汚れた黒いドレスのせいで豪勢な感じは皆無な女。長く垂れた髪の毛は恐らく元は美しい銀髪であっただろうに、今では老婆の白髪と見紛うほどに薄汚れてしまっている。
どうしてこんな女がこんな牢獄に押し込められているのだろうか。
「い、一体あんた誰なんだよ。いつからここにいるんだ?」
先程まで人の気配など皆無だったのに……気配を消していたのか?
若干不満そうな表情を浮かべた彼女は小さくため息を吐くと先程と同じように淡々とした口調で話し始める。
「…………私は、10年前からここに幽閉されている。ハイランド王国の元王女だ」