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ヤミ ノ チカラ  作者: 海亞
1章
8/20

衝突(2)

 その夜、都心に近い高級住宅街に建つ、一軒の大きな和風邸宅の背の高い門を、傷だらけの一人の男がたたいた。

 繁華街からそう遠くない場所なのに、ここ一帯はそんな喧騒とはかけ離れた静かな環境だった。

 高級住宅街だけあって、一つ一つの屋敷の面積が大きいため、家同士の距離がかなり遠い。少しぐらい大声を出してもそれほど問題にもならなそうな距離だ。

 新しくはないが手入れは行き届いているその邸宅は、外壁の上部から所々に見え隠れする枝から、白く小さな花が夜の闇の中で淡いライトに照らされて独特な優雅さを醸し出している。

 その門のすぐ横にインターホンという文明の利器があり、通常はこれを押して中の者を呼ぶのだが、その男はあまりにも焦っていて、文字通り門をたたくという古典的手段に出てしまったようだ。


 そのインターホン越しに確認したのであろうか、門が開いて中から黒いスーツ姿の男が顔を出す。

 黒いスーツの男は、駆け込んできた方の男の姿に、悲痛な声を出した。

  「竜季(りゅうき)様!?どうされたんです!?」

 紺のスーツがぼろぼろに切り裂かれ、その隙間という隙間から赤い血が流れ出していたのだ。


  「説明は後だ!――基樹(もとき)さん、基樹さんに取次ぎをたのむ!」

 駆け込んできた男は切羽詰った様子で叫んだ。


 駆け込んできた男――『竜季』は、中の人物に会うことを許され、黒いスーツ姿の男に、屋敷の奥にある和室へと案内される。

 ほどなくしてそこへ、無地のシャツをかちっと着た一人の初老の男が顔を出した。


  「基樹さん……ごめん!」

 その顔を見るやいなや、竜季は沈痛な面持ちで頭を下げる。

 そして再び顔を上げたとき、基樹と呼ばれた男の後ろにもう一人の人物を見つけると、驚愕に目を瞠った。


  「(おさ)――、長も今日はこちらにいらしてたんですね……」

 珍しいと思いながら、改めて頭を下げる。


 『長』と呼ばれた男は、目を細め竜季を見つめると、

  「いや、挨拶はいい。――一体何があった?」

 落ち着いた声で尋ねた。

 瞬間、竜季は、その場に膝をつき床にこすり付けんばかりに頭を下げる。半分泣いているようでもあった。

 竜季は次の言葉を紡ぐ前にごくりとつばを飲んだ。

  「一青(いっせい)が……大貫(おおぬき)にやられました。俺は、中條 麻莉絵(なかじょう まりえ)の方に手間取って……助けてやれなかった……!」

 心底悔しそうにこぶしを握り締める。

  「大貫――、大貫 将高(まさたか)か……!なぜ、そんなことに」

 初老の男――基樹も眉をひそめた。


  「たまたま、会社帰りに一青と会ってただけなのに、いきなり人気ひとけのない路上で攻撃を仕掛けられて……。不意をつかれ一撃目でかなりダメージを受けた一青は重傷を負って……」


  「それで、一青は今どこに!?」

 基樹が次の言葉を()いた。

  「県立医大病院の、集中治療室です。でも、かなり危険な状態らしくて……。今は、俺の代わりに泉水(いずみ)が病院にいてくれてます。」

 そう言いながらも、竜季は重傷を負った友のことが気になって仕方がないようで、落ち着かない様子だ。


 長と呼ばれた男が動こうとするのを、基樹は制した。

  「なりません、長。貴方は動くべきではありません。一族の幹部が重症を負わせられるというこの非常事態。混乱に乗じてあちらが何を仕掛けてくるのか分かりませんから!」


  「だが……」

 『長』は言葉を続けようとするが、基樹に、

  「私がこれから病院に同行します。長、くれぐれもあなたはこの一族の頂点に立つ者として、責任ある行動をお願いします。」

 より強い口調で止められる。『長』は基樹から視線を逸らしてうつむいた。


 その様子を見つめた後、基樹は瞳を閉じた。握り締めたこぶしが小刻みに震える。

「いまいましい、奈津河(なつかわ)のやつらめ。あんな一族、滅びてしまえばいいのに!『宝刀の力』さえやつらが握っていなければ、とうに我ら(りゅう)一族が滅ぼしていたものを!」

 言葉には、敵に対する憎しみが満ちていた。


 『長』は顔を上げると、感情を顕にする基樹を一瞥し、竜季の方へと歩み寄る。

  「とにかく、竜季も傷を手当てした方がいい。早く病院へ行って、一青のそばについていてやってほしい。――基樹も早く。」

 『長』に促され、基樹は竜季と共に部屋を出て行く。

 『長』は二人の消えた扉を見つめたまま、しばし佇んでいた。



   ■■■   ■■■



 ――数時間後。


 病院で一青――速水 一青(はやみ いっせい)が息を引き取ったとの連絡が、『長』のもとに届くこととなる。


 しかし、普通なら大騒ぎされるはずのこの事件は、いつものように、一族の圧力によって表ざたにはされず、密かに処理されたのだった。

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