蠢くもの(2)
まだ夏の名残が色濃い証拠に蝉がしきりに鳴いている。
都心から一時間ほど離れたこの場所。都会の喧騒から切り離された、自然豊かなこの場所を、その主は『庵』と呼んでいる。
「よう鳴きおる……。」
庭を眺めながら、この『庵』の主である老人は目を細めた。
生命を削りながら次代への望みを繋ぐ叫び。
人も虫も同じ。
そう思い当たり、老人は意味ありげな笑いを漏らした。
「風貴様」
老人の背後で、彼のことを呼ぶ声がした。
「水皇、来たか」
振り返り、老人も答える。そこにはスーツ姿の、恰幅の良い壮年の男が立っていた。
壮年の男――水皇と呼ばれた男は、入り口から、老人――風貴の佇む畳の部屋へと一歩踏み出した。
「俗世から一歩退いたあなたには、蝉の声すらも風流なものに映るとみえますね。」
額ににじむ汗をハンカチでぬぐいながら、だるそうに息を吐く。
「今日は朝から話題になっていますよ。議員の謎の死について。」
水皇は風貴を見やった。
「『謎』と捉えられるは詰めが甘い。本来なら、一族の者以外には何の疑問も差し挟む隙のない仕事をせねばなるまい。よう言って聞かせよ」
「手厳しいですね。まあ、『首をつった』という状態には疑問がはさまれていないところをみると及第点でしょうが……、よく言って聞かせます」
「今回は問題ないであろうが、失態の種類によっては次の仕事を失う事態にもなりかねない。今でこそ表の仕事も軌道に乗ってはいるが、古よりわれらはこの『仕事』をもって血脈をつないできた。ゆめゆめ、あちらに仕事が回るようなことがあってはならない。」
風貴の言葉に、水皇も真顔でうなずく。
「ところで」
風貴は一旦扇子をぱちんと音をさせて閉じた。そして、その扇を自らの口元に当てると、それまでより少々声を低くして、水皇の方に少々身を寄せた。
「例の、力の主はまだ現れぬのか?」
その問いに水皇は苦笑した。
「見つかっていれば真っ先にあなたのもとに『風』から報告が届くのではないですか?――そもそも、本当にいるんでしょうか?『宝刀の力』の持ち主など。」
その答えに、白髭の風貴は口の端に笑みを浮かべる。
「『風』の報告を疑っておるのか?」
数秒の間の後、水皇は『否』の意の言葉を口にした。
「いえ、『風』は優秀な間者であることは分かっていますよ。でも、『宝刀の力』の存在自体、現代に生きる誰も実際に目の当たりにした者はいないし、どうも実感として弱いというか……」
――言葉を濁す。
風貴はおかしそうにのどを鳴らすと、顎鬚をその皺だらけの指で玩んだ。
「まあ、お前より長く生きておる私でさえ実際に目の当たりにしたことはないからのう。とはいえ、もしも実際に目にしたならば、命の保障はないだろうが。――だが、あちらの長ははっきりと、今生に『力の主』を感じると言ったらしい。なぜかあちらにはそれが分かるらしいからの。」
「確かに、あの力はあちらさんのものですからね。我々には分からぬ何かを感じるのかもしれませんね。」
水皇はため息とともにそう口にした。
しばしの沈黙。
風貴は自らも部屋の中央に位置する木製の卓の前に腰を下ろすと、水皇もその向かいに座るように促した。
「それで、今日は他にも、言いたいことがあるのであろう?」
風貴は一振りし、再び扇子を開いた。扇ぐ音がぱたぱたとその場に響く。
「ええ、長のことでちょっと……」
水皇は風貴の正面で居住まいを正した。