出会い(2)
形式上の夏が終わったばかりな外はまだ、校庭から湯気が立ち上りそうな日差しが照りつけている。
岬は椅子に座りながら、大きく伸びをした。
蒸し風呂のような体育館で行われた始業式。
相当長い『校長先生のお話』を聞いたせいで体のあちこちに疲労感がただよっていた。
長時間体育座りをしたせいで、お尻と腰が特に痛い。
ただ、数年前まではずっと立って話を聞かされたらしいので、それよりはまだましか。
教室も暑いことは暑いが、ぬるくはあっても一応空気のとおりが体育館よりは良く、少しは救いようがあった。
とはいっても、汗は噴き出してくる。
『早く家に帰って冷房の効いた部屋でジュースでも飲みたいよう。』
岬がつくづくそう感じたときだった。
Ms.石倉が白っぽいハンカチを片手に顔の汗をトントンとたたきながら教室のドアを開けて入ってきた。
その途端、教室のおしゃべりはぴたっと静まる。
普段なら、教師が現れたくらいでこんなに静かになることはまず考えられないが、何しろ今日は『普段』とはちょっと違う。
始業式には現れなかったが、例の転校生がこの二年一組に来ることは担任の石倉に確認済みだ。
晶子情報のおかげで特に女子の期待は殊の外すごかった。
岬も、他の子たちとは違ってそんなにあからさまに騒いだりはしていないが、十分気にはなっていた。
なんといっても、面食いの晶子のお墨付きなのだ。
視線をMs.石倉の方に向けると、その後ろに背の高い影が映る。
例の転校生、だ。
「彼」が一歩、教室に足を踏み入れた途端、えもいわれぬ静かなどよめきが広がった。
背は高い――180センチは優にあるだろうか?
少し面長な顔に、どこか異国風を思わせる目鼻立ち。
やや色素の薄い髪の毛は後ろの方が若干伸ばしてある。
体つきは特に筋肉質というわけではないのだが、それでいてひよわそうな印象は与えない。
こんなに整った人も世の中にはいたんだと、岬は感心した。
「じゃ、ちょっと自己紹介してくれるかしら?」
石倉の言葉に、「彼」は『蒼嗣克也』と自分の名前だけを言い、そのあとは黙ってしまった。
石倉は「他に何か言うことはないの?」という顔をして彼――蒼嗣を見る。
だが、『彼』にはもう何も語ることはないらしく黙ったままだ。
その意思を汲み取ると、石倉は「席はちょうど栃野さんの隣があいていたから、そこがいいわね」と岬の隣を指差した。
確かに、岬の隣は、ちょうど前の学期に退学した男子生徒の席だった。
といっても、登校拒否気味だったその生徒はほとんど学校に来ることもなく、石倉にそう言われて初めて隣が空いていることを思い出したくらい印象が薄かったのだが。
当然のごとく、その一瞬にして岬はクラスの女子の羨望と嫉妬の視線を受けることになってしまった。
特に、さきほどまで転校生の話に一番盛り上がっていたグループの上原真沙美に、いきなり睨みを利かされてしまった。
『うわっ、やだなあ……勘弁してよ』
上原は、いつもとりまきと一緒にいるいわゆる『女王様』タイプの女の子だ。
彼女の機嫌を損ねてひどい目にあった子が何人ももいる。
本気でにらまれると厄介なのだ。
一方、その元凶である『彼』――蒼嗣克也は、黙ったまま岬の隣の席に腰を下ろした。教室に入ってきてから今の今まで、蒼嗣が口を開いたのは名前を言ったときだけだ。
『あまり人と関わりたがらないタイプなのかな?』
これで愛想が良かったら満点なのになあ、と勝手なことまで考えて、岬は蒼嗣の横顔をじっとみつめた。
ふと、蒼嗣が顔をこちらに向けてきたので、岬はびっくりして息が止まるかと思った。
至近距離だと余計に、相手の視線の破壊力というか、目ヂカラが、すごい。
『こんな美形をこんなに間近で見ることなんて、めったになかったし……』
一瞬意識があさってのほうに飛びそうになるところをこらえ、ひきつってはいたが岬は笑みを返した。
が、蒼嗣はすぐに岬から視線を外した。
その瞬間、耳にかすかに届いた言葉に、岬は自分の耳を疑った。
「うっとうしい」
『え?』
岬の耳にも空耳かと思うほどの、ため息のような小さな声。
『今、この人、なんて言った?』
本人はすでにそっぽを向いている。
その表情からは感情が読み取れず、真偽を確かめることはもうできない。
信じられない、いや信じたくない、信じないことにしよう……岬は心の中で『落ち着け、落ち着け』と唱えた。