出会い(1)
「ヤバい!このままじゃ間に合わないよー!夏休み明け初っ端から遅刻は嫌だー!」
キィィと金属的な音をたててゆっくりと閉まるドアを待つのももどかしく、右上半身で体当たりして閉め、片手にカバンを抱えたセーラー服の小柄な少女が、十四階建てのマンションの階段を駆け下りていく。 胸元の青いスカーフ風のリボンが風を切り、忙しそうに小刻みに揺れる。
このマンションにもエレベーターという便利なものはあるのだが、最新式ではないエレベーターは、自分のいる階から離れたところにあると、その階にエレベーターのハコが着くまで異様に時間がかかるので、『今、この瞬間に乗りたい!』という時には不向きなのだ。
それに、三階から一階までは場合によっては走ったほうが早いというのもある。
少女の名は「栃野 岬」------。
始業を告げる鐘が鳴り始める。
「セーフッ」
ばんっ、と二年一組の教室のドアを勢い良く開けると、中のみんなの視線がいっせいに岬に集まってしまった。
幸い、担任はまだ来ていないらしかった。
「まぁったく!ドア壊さないでよねっ!!」
親友の大島圭美が苦笑しつつ、いち早く岬の近くに寄ってきた。
「きゃーっ!久しぶりーっ!!」
「とうとう学校始まっちゃったよねぇー」
久しぶりに会う友達もいるため、新学期の教室はいつもにまして騒がしい。特に女のコは。
男子の冷ややかな視線もなんのその、岬たちはかわるがわる抱き合って再会を喜んだ。
「そういえば・・・・・・」
いつも一緒に行動しているうちの一人の晶子が目を輝かせて話し始めた。
「ねえ、------今日、うちのクラスに転校生くるらしいって聞いた?」
「なになに!?聞いてないよ!?」
圭美が聞き返す。
「なんかね、私、見ちゃったの!!すっごい背の高い男の子がMs.石倉と何やらいろいろ話してたのを!」
ちなみに------Ms.石倉とは岬たちの担任である。もういい年だというのに独身でいるのでこう呼ばれている。
「何それ?・・・・・・高校で、しかもこの時期に珍しいよねぇ?帰国子女とかかなぁ?」
岬はうーんと首をひねった。
「で、その転校生、美形だった!?」
この話を他のグループの子たちも聞きつけたらしく、脇から話に入ってきた。
晶子はまるで自分のことのように、自身満々の笑みを浮かべた。
「ふっふっふ~~~。もう、期待しちゃって!!」
その場にいた女子の反応といえば・・・・・・壮絶な盛りあがりだったのはいうまでもない。
「美形の転校生ねえ・・・・・・」
あまりにも現実離れした状況に、岬はなんだか心がざわめくのを感じた。
それは、他の子たちがおそらく感じているであろう、まだ見ぬ転校生へのときめきというだけではないような気がした。
もちろん、それもあるけれど、それだけじゃない。どこか、怖さのようなものも含まれていた。
------怖い?
漠然と感じていた心のざわめきを、自分で少し不思議に思って岬は自分の胸あたりに手を置いた。
自然に繰り返される日常を、今まで自分は何の不思議もなく享受してきた。
わりと楽観的な自分は、こんな風に意味のない不安を感じることはなかった。
それなのに、急にこんな気持ちになるなんて自分でもよくわからなかった。