心が動くとき(3)
「御嵩様、大丈夫かしら」
紺のブレザーにチェックのスカート姿の女子高校生がため息をついた。
先ほど、自分たちと入れ替わりに自分の主のもとを訪れた招かれざる客―― 中條聡子。彼女が御嵩のもとを訪れる理由など、どうせろくな用事ではないことは分かっている。
「あの人のことだから、大丈夫じゃないなんてことは考えられないですけどねえ」
隣に座るのは、同じ色のブレザーにグレーのズボン姿の男子高校生。隣の女子高校生よりは頭一つ分ほど背が高い。
男子高校生の言い方のどこかが気に障ったのだろうか、女子高校生は不機嫌そうに眉をひそめた。
「それ、ほめてるの?それとも馬鹿にしてる?」
そんなことは意に介さないかのように男子高校生は笑みを絶やさない。
「どうでしょう?僕は麻莉絵さんと違ってあの方を盲目的には見られませんからねえ。まあ、いつも周りにかけてる迷惑を考えたら、少々困ったぐらいでちょうどいいような気もしますよ」
その言葉に麻莉絵と呼ばれた女子高校生はキッと男子高校生を睨み付けた。
「将高、あんた。それあの方への不敬って言わない?」
将高と呼ばれた男子高校生は一瞬きょとんと麻莉絵の顔を見つめた後、再び不敵な笑みを浮かべる。
「麻莉絵さんはあの方に少々傾倒しすぎですからちょうどいいかもしれませんね。」
麻莉絵は一瞬まばたきをとめた。
「何の話よ?」
「僕と麻莉絵さんの将来の話ですよ」
にっこりと微笑む。
「何寝ぼけたこと言ってるのよ。誰があんたとあたしの将来の話をしろって言ったわけ?」
「話というものは常に動いていくものですよ。」
「だからそういうことじゃなくてっ!」
そう叫んだ後、麻莉絵は一気に脱力したように肩を落とす。
そんな麻莉絵を愛しいそうに見つめ、将高はしばし真顔になる。
「ところで……先日仕留め損ねた片割れのネズミはどうします?」
少しだけ声のトーンを落とした将高に、麻莉絵はふふんと鼻を鳴らして笑った。
「仕留め損ねたネズミって……仕留めたネズミ、速水 一青といつもよくつるんでたお調子者のネズミのことよね。あいつ、闘ってても煩いわよね。決まってるでしょ。御嵩様の邪魔になるような『おいた』をするようなネズミは、『駆除』するしかないでしょ」
その答えが当然とでも言うように、将高はゆっくりと満足そうに頷き、わざとらしいため息をつく。
「それにしても……こんなところでネズミと同等に扱われているとは沢 竜季も思いもよらぬことでしょうね。不憫なことですねえ」
「不憫? そんなこと本当は微塵も思っていないくせに。恐ろしい人」
上目遣いに笑みを見せる麻莉絵に、将高は肩をすくめて微笑んだ。