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ヤミ ノ チカラ  作者: 海亞
1章
16/20

心が動くとき(2)

 甲高い声が広間に響く。


 高級住宅街にある、少々時代を感じさせる二階建ての、横に大きく広がった洋館風の建物。その建物の中で最も広い、この家の主が主に応接室としている部屋。その中で相対して一組の男女が立っていた。


  「御嵩みたけさん、『宝刀の力の主』はまだ見つからないの!?」

 声の主は若いとはもういえず、かといって老年というにはまだ少し早いほどの、少々ふくよかな中年の女性だ。


  「ええ、まだです」

 女性の切羽詰った声にも怯むことなく、女性の目の前に腕を組んで立つ青年が、完璧なまでの笑顔で答える。

 薄いグレーの縁の眼鏡をかけたこの青年は、線の細い体つきをしている。

 笑顔を崩さないこの青年は、この家の主である 中條なかじょう 御嵩みたけ

 様々な分野に参入している、都内では有名な大手企業グループであるワンダー・ウィル グループの中で、インターネットやモバイル、そして流通に大きな影響を及ぼす、グループの中でも今や最も安定した企業である中條エンタープライズ代表取締役である。

 三十五歳という年齢のわりに童顔なその顔つきを彼自身はあまり良しとしてはいなかったが、不本意ながらも取引などにおいては逆にそれを逆手にとって武器としている。


 彼を知る者は皆、一目置いていた。彼は単なる一企業の取締役というだけの者ではなかったからだ。


 彼には力があった。会うもの全てを、時には魅了し、あるいは屈服させることのできる力。

 それは人ならざるものの力。遥か昔よりこの国の中枢を動かしてきた。そして現在も、政治などの裏では彼を筆頭とする一族たちの存在が欠かせない。

 その『人ならざるものの力』を持つひとつの一族を、今現在において統べる者。すなわち奈津河と呼ばれる一族の長。それが彼だった。

   

  「こんなにのんびりしててどうするの!もしも竜の一族に先を越されてしまったら――」

 暖簾に腕押し、といった相手の態度に苛立ちをさらに募らせたようで、この女性―― 中條なかじょう 聡子さとこはさらに詰め寄った。

 聡子は御嵩にとって、自分の父親の弟の妻―― つまり叔母にあたる。


  「聡子おば様、そんなに大きな声を出し続けては喉に悪いですよ。それに、そのように迫ってこられては、傍から見ればまるでおば様が僕に気があるように見えてしまいそうです」

 そう言って御嵩はすっと右手を伸ばし、慣れた手つきで聡子の肩に触れる。そして耳元に息が吹きかかるほど近づき、

  「まあ、僕はそれでもかまいませんが」

 と囁く。


  「ふっ、ふざけないでっ!破廉恥なっ」

 聡子は真っ赤になって弾かれたように後ろへ飛びのいた。

 その様子に、御嵩は不敵な笑みを浮かべる。

  「冗談ですよ。変な噂が立ってはひろしおじ様に申し訳ない」

 言葉を失っている聡子に、御嵩はにこりと微笑む。彼の取り巻きが正面から見たら卒倒しかねない、キラースマイルだ。

  「心配には及びません。彼らにはまず宝刀の主を見つけることは不可能だと思っていい。その力が発現でもしない限りね。ですが、私には、宝刀の力が発現していなくても、会えばすぐに分かります」

 つ、と聡子との距離を縮め、聡子を壁際へと追いつめる。

  「ですからおば様、安心して待っていてください。きっと、おば様にご報告できる日も近いのではと思いますよ」


 聡子は迫る御嵩から顔を背ける。

  「わ、分かった、分かったわよ!じゃあ、一刻も早くお願いするわ。それが、一族のために貴方が今、一番するべきことなんですからね!でなきゃ、貴方なんかが私の息子を差し置いて長になった理由がなくなるもの」


 御嵩は笑顔を崩さない。

  「――分かりました。一刻も早く」

 そう言って、聡子の手を取る。

 聡子は真っ赤になって手を引っ込めた。

  「――っ、失礼させていただくわ!」

 まだほんのり頬を染めながらも、聡子は焦ったように部屋を出て行った。

 聡子の出て行った扉を見つめ、御嵩は肩をすくめた。


  「やれやれ、頭に血が上った女性をなだめるのは疲れるよ。とはいえ、いくつになっても女性は女性、ということだよねえ。いや、実に分かりやすい反応で」

 くっくっと押し殺した笑いを浮かべながら御嵩は独白し、少しずれた眼鏡を繊細そうな白い人差し指でくいと引き上げる。それほど視力は悪くはなかったが、それは趣味のようなもので、好んでかけている。彼の眼鏡コレクションを見た者はその種類の多さに誰もが息をのむ。『眼鏡きちがい』というのは彼の従兄弟の言葉だったか。


 御嵩は部屋の端にあるソファに乱暴に腰を下ろすと、背もたれに身体を預けゆっくりと瞳を閉じる。


 ―― 感じる。


 まだ僅かだが、『分かる』のだ。この同じ大地の上、それほど遠くない場所に『宝刀の力の主』がいること。なぜか最近、その『確信』がより強くなってきている気がする。


  「分かってるって、お前までそう急かすな」

 常に傍らに感じる『もう一人』の存在に向かって語りかける。何の能力もない者が見れば、きっと何もいない空間に向かって口を開く自分はさぞ滑稽に映るだろう。だが、この存在が『宝刀の力の主』の気を教えてくれる。


 ここにはない何かに想いを馳せているかのように瞳を閉じたまま、御嵩はしばらくその場から動くことはなかった。

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