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ヤミ ノ チカラ  作者: 海亞
1章
15/20

心が動くとき(1)

 学校のある駅から一駅。

 この駅の周辺はこのあたりで一番栄えている。駅の改札を出るとにぎやかな商店街を抜けてひとつ路地へと入ると、途端に住宅街になる。

 その一角に小さなアパートがあった。決して新しいとはいえないが、それなりに整えられている。

 二階へと続く階段を上るとドアが三つ。

 蒼嗣は、持っていた鍵でその一番手前のドアを開けた。


 ――暗くなった部屋。

 月明かりだけがほのかにそこに存在するのものの輪郭をふちどっている。

 その時、ふっとその部屋の一点――リビングの大きな窓に蒼嗣の目は向けられた。

 しばし動きを止めたまま、蒼嗣は窓を見つめる。


 ――『また』か。 


 蒼嗣は心の中で呟く。

 『それ』はただ、自分の姿を映し出しているだけだと頭のどこかでは分かっているのに、それでも『そこにいるはずのない存在』を未だに見てしまう。


  「……也」

 『いるはずのない存在』の名を呼ぶが、声がかすれた。


 これは、きっと戒めなのだと蒼嗣は思う。

 自分の犯した過ちを忘れるなという戒めなのだと。


   ******   ******


 四時間目の終了を告げる鐘がなると、教室は一気に活気を取り戻す。

 一目散に学食に向かう者、仲の良い子たちとお弁当を食べる場所の相談を始める者など、さまざま。

 岬は、隣の蒼嗣が教科書を広げたままなのを、ちらりと見る。

  『今日は、珍しくすぐに教室を出て行かないんだな……』

 いつもの蒼嗣は鐘がなると早々に教科書をしまってどこかへふらっとでかけたきり、しばらく姿を見せないのに。

 かくいう岬も、いつもならすぐに圭美と共に学食に直行コースだが、今日は岬はお弁当を持ってきていた。すでに社会人として働いている姉が作ってくれたものだ。岬の母は他界して既にいないが、母親代わりの姉はよく面倒を見てくれる。

 お弁当を持ってきたのは今月はちょっとお小遣いがピンチで節約モードに入っているからだ。バイト代が入るまであと数日。それまでになんとか乗り切らなくてはならない。もちろん学用品代などは港がきちんと出してくれているが、遊びに使うお金に関しては決して多くはないお小遣いの中でなんとかしなくてはならない。正直、部活もやりながらのバイトはきつい時もあるが、お小遣いだけで足りない分の補填のためにはバイトは必須だ。今日も学校が終わればバイトが待っている。


  「あ、もしかして節約弁当モード?」

 いつものように学食に一緒に行こうと誘いに来た圭美は、岬の机に出された弁当箱を見て言う。

  「え?なになに?節約弁当モードって?」

 横からクラスメイトの一人が不思議そうに尋ねた。それほど親しい付き合いではないので、彼女は岬の事情を知らないのだ。


  「岬ね、お小遣いが足りなくなりそうな時は少しでも昼食代を浮かせるために、しばらくお昼はお姉ちゃんに作ってもらうお弁当になるの」

 圭美が説明するが、クラスメイトは不思議そうな顔をした。

  「お姉ちゃん?お母さんが作るんじゃないんだあ」

  「ちょっと……」

 眉をひそめた圭美を制し、岬は笑って答える。クラスメイトに悪気はないのはよく分かっている。

  「大丈夫だよ、圭美。―― あのね、あたし母親が小さい頃に亡くなったから、代わりに五つ年上のお姉ちゃんがお弁当作ってくれるんだ」


 その言葉を聞いた途端、クラスメイトは一気に申し訳なさそうな顔になる。

  「栃野さん、ごめん。あたし、無神経なこと……」

  「いいの、いいの!あたしもあえてみんなに言ってないし、知らなきゃそう考えるのも当たり前だもん」

 それにね、――と、岬は付け加える。

  「あたしにとってはお姉ちゃんがお母さんみたいなものなんだ。年は五つしか離れてないんだけど、すごいしっかりしててね。だからあたしはお姉ちゃんには感謝で頭が上がらないんだよねー」

 あははと笑い、その場をおさめる。

   

 幼い頃は母親がいないことを他人に指摘されて傷ついたことが何度もあったが、この年にもなると慣れてしまった。もちろん『こんな時、お母さんがいたらなあ』と思う時もあるが、普段寂しくなることはもうなくなった。

 逆にそのことを告げることで、相手に余計な気を回させてしまうことが申し訳ないと思ってしまう。だから、岬は母がいないということをあえて口にしないのだ。まあ、おおっぴらに触れ回るようなことでもないというのもあるが。


 そんなことを考えていると、ふと蒼嗣と目が合ってしまった。逸らさなければと思うのに、つい見つめ返してしまう。


  『やばい……』

 岬がそう思った瞬間、蒼嗣がふいっと視線を逸らした。

  『あー、よかった。また何か文句言われるかと思ったよ……』

 ホッと胸をなでおろす。


  『でも、あいつと目が合うの、心臓に悪いよ。ほら、超ドキドキしてる……』

 息苦しささえ覚えて、岬は思わず制服の胸のあたりの布をぎゅっと握った。何だかほんのりと頬も熱い気がする。

 その熱さに気づかないふりをして、岬は食堂でお弁当を食べるため、圭美の後を追って歩き出すのだった。 

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