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ヤミ ノ チカラ  作者: 海亞
1章
12/20

接近(3)

 教室中になんとも気まずい空気が流れる。


  「栃野?なんでお前が?」

 クラスメートが疑問を次々に岬に投げかけてくる。

 どこかで「一人だけいい格好しい」だとかいう陰口めいたものも聞こえる。


 ざわめきが最高潮に達した時、

  「それは、反則なんじゃないかな?」

 壇上の圭美が穏やかに、しかしきっぱりと言った。


  「蒼嗣くんが可哀想だから肩代わりしてあげようっていう、岬の優しさは認めるよ。それは、蒼嗣くんにも分かって欲しいところ。――でもね」

 圭美はちらりと蒼嗣を見た。

  「だからといって、くじで決めるという決まりを曲げるのは良くないと思うよ。苦手だから他の人、だなんて、そんなことをしたらくじの意味がなくなっちゃうもの。最後までくじを引かなかったのも、そのせいで当たりを引き当てちゃったのも、全て蒼嗣くんが自分でしたことの結果でしょ。それを岬が負うのは間違ってると私は思う」


 蒼嗣は圭美の言葉をじっと聞いていた。

 そして小さく息を吐くと、立ち上がり、口を開いた。


  「実行委員、引き受ける。確かに大島の言うとおり――、決めたことは、守るべきだ」


 蒼嗣ははっきりとそう伝えた。

 おそらく、彼がこのクラスに転校してきてから、クラスメイトの前でこんなにはっきりと文句以外の言葉を発したのは初めてではないだろうか。

 クラスが再びざわめく。それまでの意味とは違う意味で。


  「だい……じょうぶなの……?」

 岬は蒼嗣の顔色をうかがう。

  「実行委員だなんて、みんなの前でいろいろやらないといけないんだよ?あんたがそんなこと――」

 岬がいい終わらないうちに、蒼嗣は言葉をかぶせた。

  「問題ない」

 そう言って、岬から視線を逸らす。


  『なんだ……』

 張り詰めていた何かが切れて力が抜けていくのを岬は感じた。

  『心配することなかったのか』

 そう思うと、なんだか怒りを通り越して寂しさまで感じてしまうから困ったものだ。

 しかも今、蒼嗣は圭美のことを『大島』ときちんと名前で呼んだ。クラスのことに興味がないような顔をして、ちゃんと蒼嗣は圭美のことを認識していたのだ。

  『あたしは――ちゃんと名前を呼んでもらったこと、ない。いつも【お前】としか呼ばれないのに――』

 心にじわじわと黒い霧のようなものが広がってゆく気がする。


  「それに、お前に借りを作りたくない」

 ぼそりと蒼嗣が呟いた。   

 黒い霧が心に広がったままの岬に、蒼嗣の言葉が突き刺さる。

   

  『なにそれ!ヒトの厚意をそんな風にしか取れないわけ?』

 そう言い返したかったが、心にある何かが邪魔して言葉が出ない。

  『なんでそんなにひねくれてるのよ!』

 イライラが収まらない。

 このイライラは、ただ単に蒼嗣に冷たいことを言われたせいだけではないことが岬にも分かりかけていた。


 ―― 圭美と蒼嗣が一緒に実行委員をやる ――


 そう思うだけで、心がぎゅーっとわしづかみにされるような苦しさが襲ってくる。

 泣きそうになる気持ちを悟られまいと、岬は懸命に唇を噛んだ。



             ************



 その日の放課後、蒼嗣は一人、屋上で佇んでいた。

 放課後は誰もここには来ない。人となるべく関わることを避けている自分には、ここは都合のいい場所だった。

 かといってあの狭いアパートの中に一人で篭っていると、考えなくてもいいことばかり次々に浮かんできて滅入ってしまう。

 ここで眺めていると、空の広さに心が少しだけ救われる気がする。

 気がつくと、放課後はここに来るのがいつの間にか日課になってしまっていた。


 初めてこの屋上に来た日――

  『あいつが、ここに来たな……』

 思い出す。

 どうしようもなくやりきれない思いを抱えて――、気がつくとここに足を運んでいた。

 そんな時、急に声をかけられたのだ。



  『だめっ!自殺なんて絶対にダメだよっ!』

  『そんな死にそうな顔してふらふら歩いて屋上に行くの見ちゃったら放っておけるわけないでしょ!』


 彼女――栃野 岬は言った。

 自分の心を見透かされたように思えた。

 もちろん自殺などするつもりはなかった。

 けれど、あの時の自分は限りなく『死にたいほどの』気持ちになっていたことは確かだ。


  『あいつ……、何も知らないくせに……』


 それなのに、全てを見透かされてしまいそうな恐怖を感じた。

 隠している自分の弱い部分も全て暴かれてしまいそうで――


  『あいつと関わるのが、怖い』


 怖いだなんて感情を自分が持つのもおかしなものだと思う。

 だが、そう思う気持ちを否定できない。

 それなのに、彼女は突き放しても突き放しても自分と関わってくるのだ。席が隣だというだけではなく。


  『何なんだ、あいつは……』


 困惑している自分がいる。

 どう対処したらいいのか、迷う。


  『今日だって――』


 勢いで、実行委員なんて受けてしまったことを思うと、自然とため息が漏れる。

 

  「『一人だけ逃げるなんてずるい』か――。こんなところでも言われるとはな……」

 栃野 岬にそう言われて、つい意地になった気もする。

 もちろん大島 圭美に言われたことが正しいと思ったというのもあるけれど――。



  「俺はまだ、そんな生き方をしているんだろうか……」

 自問しておいて、すぐに思い直す。

 確かに、自分は逃げ続けているのかもしれない。逃れたくても逃れられないものから、必死で。


  『いつまで――、逃げられるだろうか――』


 蒼嗣は空を仰いだ。

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