プロローグ
目の前が紅く染まる。
それは自分の血。その紅が鮮やかに視界を埋める。
その紅と対照的に、黒光りする自分の長い髪が空にゆるりと弧を描いて見えた。
和馬がいつも綺麗だと褒めてくれた髪。
風に吹かれなびく髪の束と束の隙間から、雲ひとつなく透けるように青い空が見える。
―― ああ、空が綺麗。
人は、こんな時にでも、『自然』に感動できるものなの――
「―― 柚沙っ、柚沙――!」
「姫!――柚沙、姫――っ!」
『二人』の悲痛な叫び声が聞こえる。
その場に崩れた私を呼ぶ声。
着物の合わせのあたりの熱さと痛みは、この命がそこから流れ出し喪われてゆくことをはっきりと示している。それを止められるかどうかは、自分が一番良く分かっている。
―― もう、止められない。
お兄様、あなたにはいつも心配をかけてばかりで。ああ、またご迷惑をおかけしてしまう。
そして和馬、私は姫ではないといつも言っているのに。あなたは昔から変わらない。
私は、争う二人の前に飛び出さずにはいられなかった。
だってあなたたちはどちらも私の大切なひと。
全て私がいけなかった。
私は愚かにも自分のしたことを忘れて一瞬でも己の幸せを夢見てしまった。
自分のしたことの幕引きは自分がすべきだったのに。
私の中に巣食う忌まわしい力のために、『あなたたち』が争うことになるのなら――
逝きましょう、もろともに。
この力を、自分とともに闇に葬り去るために――。
気が狂いそうになる痛みに呑み込まれそうになる。
そんな自分の隙をついて、自分の中の『力』が開放を求めて暴れだす。
刀からはじき出された力が自分に吸い込まれたように、次の宿り主を探して。
まるで生き物のように貪欲なこの力。
――逃がさない。
あなたは、私とともに消えるの。
そのために、残る私の全ての力を賭けてあなたを封印する。
――だから、この世におわしますなら神よ……もう少し、もう少し、私に時間を!
地面に横たわったまま、渾身の力を込めて手を動かそうとするのに、その手すら地面に貼り付けられたかのように動かない。
――どうか、動いて!
油断をすれば手放しそうになる意識を引き戻し、震える指で目の前に小さな円を描くとその指の先には黄色い光がともる。
そしてその光を、紅く染まる自分の胸に向かって一気に押し込んだ。
『さようなら』
永遠の別れの言葉を唇にのせ――。
まるでその場にいる者たちを守るように、まばゆい光はあたり全体を包み込んだ。