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夏の終わりの味

作者: 沢まやこ

人々のざわめきが気怠く私の耳を撫でる。

水の匂いを運んでくる夜風は頭の芯をボォッとさせた。

夜は何もかもが気怠く、しかし澄んでいるように思えてしまうのは私だけだろうか。

私は溜息をつきながらベランダの柵によりかかった。

昼はあれだけ熱かったくせに今はまるで鈍器のように冷たい。

冷たい物に飢えている私は冷たい柵に頬をつけ、目を細めた。

嫌でも目に入ってくるたくさんの赤っぽい光。

そして、行きかう鮮やかな浴衣、活気のある屋台。

今日はお祭りなのだ。それも結構な規模のやつ。


私は筋が痛くなるまで首を反らし、夜空を見上げた。

天気予報の言っていた通り今日は快晴、夜空には多くの星が散らばって個々で瞬いている。


「花火、今年もあるんだろうな」

一人、ポツリと言葉を零した。


菊池彩夏きくちさやか14歳、彼氏も親友もいないまま、中学生最後の夏を終える。



「彩夏ー、洗濯物もう取り入れたのー?」

母の不機嫌そうな声にハッとし、私は急いで洗濯籠を持ってベランダを出た。自分

の姿がうつるガラス窓を閉めながら、一人冷たい笑みを零してしまう。だって中学

生最後の夏、しかもお祭りの日に母の手伝いをしているなんて… …。親孝行なわ

けでも祭に興味がないわけでもないのに、馬鹿みたいだ。

私は、笑いと共に込み上げてきた涙に、気づかなかったフリをして一気に階

段を駆け降りた。


「おかーさん まだ洗濯物湿ってたよー」

私は何事もなかったかのように母に声をかけ、読みかけの雑誌を手にとった。眉を

潜めながら包丁を扱っている母は私のほうを見ないまま「あ、そう」などと適当な

返事をし、今まで切っていた具材をフライパンに入れた。ジューッと香ばしい音が

胃袋をくすぐる。

でも「お腹がすいた」なんて言う訳にはいかないのだ。今日、私は胃が痛いことに

なっているのだから。私は体調不良で祭りに行かない、という嘘を母についたのだ。

同時に、わざわざ時報に電話を掛け「ごめん今日胃痛でさ… …うん行けない」

などという小細工を打ち、一緒に行く人がいないわけではないアピールもした。

一応弁解をしておくが友達がいないわけではない。親友がいないだけなのだ。だか

ら電話を掛けまくり「今日一緒に祭り行かない?」などと誘えば一つのグループぐ

らい掴るだろうが、普段の仲良しグループに異質の私1人が入り込んだときの空気

が耐えがたい… …。想像するだけで吐き気を催すほどの悪寒がする。


しかし、だからといって娘に友達がいないなんていう心配を母に掛けさせるわけに

はいかない。母はただでさえ私の成績のことで鬱病になりかけているのだから。


私の成績は中二の10月頃、受験の重苦しい空気が漂いだす頃に低迷しはじめた。今

まで一桁しか取っていなかった私が、10月のテストで15番という順位を取ってし

まったのだ。それからあれよあれよという間に転落していき… …、夏休み前の

テストでは38番というとんでもない数字を目にすることとなってしまった。当然父

と母には怒られたし、勉強するよう厳しく言われた。夏休みが運命だよ、とも言われ

た。しかし今、夏休みの終わりごろになっても購入したワークはおろか宿題すら終わ

っていない。私の夏休み中の勉強時間はおそらく20時間にも満ちていない。あせり

はもちろん感じている、どうしようもなく掻きたれられるものもある。しかし、何か

どうでもいいのだ。勉強する価値が見いだせないし、将来の希望も見つけられないの

だ。器量もない才能もない人嫌い。こんな私は将来何になれるっていうんだ。


私は、疼くような怒りを感じていることに気がついた。

最近こういう怒りを感じる機会が増えた。そして、そのたび思う。

この怒りを誰にぶつけたらいいのだろう、と。

自分にぶつけたってどうにもならない気がする。


最近では生きるのが面倒だな、なんて考えてしまうこともある。イッソ死んでしまおう

かなんて思う時も… …あるような、ないような。


私は何回目か分からない溜息を吐いた。読んでもいない雑誌をめくる。様々なポーズ

を決めているモデル達は、みんな笑顔で輝いて見えた。いいなー、と思う。心底から。

私だって夢とか目標を見つけたい。そして誰からも愛されるような美貌が欲しい。私

は雑誌をめくろうとした右手に力をいれ、そのまま横に雑誌をなげとばした。

イラッという音が私の中で、した。

思春期まっただ中の私は、14年という馬鹿みたいにちっぽけな歴史の中で今がどん

底なのだ。誰がなんといおうとこれだけは間違えがない。

私は気持ち悪くなってきた腹をさすり、そのままソファーに横になった。忌々しい部

活が終わってから、伸ばしっぱなしのミディアムヘアがバサッと顔にかかる。

視界が暗い。でもはらうのすらメンドクサイ… …


「彩夏、携帯なってるってば」


私は心臓と体を同時に跳ねあがらせ、私の顔を覗き込んでいる母から携帯を奪い取った。

まさか自分の顔を母がずっと覗き込んでいたとは… …。妙な気持ち悪さと共に意味の

分からない不安が湧き上がってくる。


母は私の挙動不審な様子を見て変な顔をし、軽く溜息をつきながら炊事へ戻って行った。


私はそんな母の背中を見送りながら、忌々しげに携帯を開く。驚いた。なんと着信は、

翔兄ちゃんからだったのだ。本名は椎田翔輝しいだしょうき、私のイトコ。そして


私は目を閉じ、胸の奥から這い出ようとする青い記憶を押し込めた。


そして… …、そして、私の、前の片思いの相手。


心の中で呟いただけなのに、私の心は悲しい音を立てた。

まるで古傷を爪でえぐられたように、鈍く痛い。

 

私はなるべく平静を取り繕って、翔兄ちゃんに電話を掛け直した。


プルルル、プルルル、という呼び出し音、別に緊張しているわけでもないはずだ。

平常、平常。


プルルル…プッ、という軽い音がして、呼び出し音が途切れた。


「あ、もしもししょうにいちゃ… …」


「もしもし彩夏ー?お前電話でろや」


「… …スンマセン」


やや毒舌である初恋の相手に、さっそくダメだしをくらった私はしょんぼりと返事をした。

翔兄ちゃんは、茶髪 細いあがり眉毛 少しつり気味の目 という悪そうな外見どおり、

悪い奴だ。停学はしょっちゅうだし、何かと喧嘩を起こすし… …まるで漫画に出てくる

ようなイケメン悪だ。しかしカツアゲなどはせず、女を襲ったりもしないという良い悪な

のである というと日本語がおかしいのだが。

私は悪そうな外見の奴は、嫌いなのだが、翔兄ちゃんは別だ。じゃない間違えた。

昔は別だった。


「さやか、お前今日祭りこんの?」


翔兄ちゃんの冷たく、澄んだ声が私の今日一番痛いところをついてきたため、私はぐっと

唇を噛み締めた。翔兄ちゃんには、嘘を見破られてしまう気がする。


「… …うん 胃が痛くて」

「嘘やろ」

「はい」


予想通り、嘘は見破られてしまった。しかもわずか数秒の間に、まるでコントのような三

連のやり取りをもしてしまった。もし母に、いや父でもクラスメートにでも、こんな状況

がばれたら尋常でないほどの焦りを感じ、涙をこぼす危機さえ考えられるのだが翔兄ちゃん

には不思議と感じず、むしろ落ち着いていられた。


「彩夏さー」

「何?」

「友達おらんのやろ?」


私は携帯をミシミシッと音がするまで握りしめた。

翔兄ちゃんの株を上げてやって損をした。前言撤回をしてやる。

女子として痛すぎる所を突かれた私は、少し怒りを感じながら質問に返答した。


「なんでそんなこと言うの?別にいるし、上辺だけど」

「ごめんって、そう怒るな」


翔兄ちゃんはここで一回ゴホン、と咳払いをした後、言葉をつづけた。


「あのさ 俺と一緒に祭りいかん?」


私の心臓はドッキーンと体から突き出そうなほどに跳ね上がる。そしてそんなにしたら

疲れるぞ、というくらいに早く脈を打つ。私は赤らんだ頬に気づかないフリをしながら

答えを返した。私は嘘つきだ。


「いーけど 翔兄ちゃん、彼女は?別れたの?」


「あ… …」


翔兄ちゃんの声は、鈍く戸惑っているような気がして私の胸は黄色くざわついていた。

私はやっぱり嘘つきだ。


「いや 彼女友達といくから 

 彩夏ヤンデルって彩夏ママから聞いたからし彩夏と行こうかと」 


私の目の前はあっという間にグレーになる、ザアザアと砂嵐が吹き荒れる。

嘘つき、馬鹿と私は私を罵倒した。胸の奥が熱くなる。少し、恥ずかしかった。


当然だけど、私は彼女の次か。

そう思うとしょっぱい気持ちが口元に押し寄せてきた。

でも悔しいけど、誘ってくれただけでも嬉しい。本当悔しいけど、認めることになっちゃうけど。

私は初恋の甘さと、失恋のえぐるような痛さを思い出した。


翔兄ちゃんは分かっていないのだろうか、今の行為がどんだけ私に酷かってこと。


私に気なんてこれっぽっちもない癖に私の気持ちを引きずり起こして。

私がどれだけ自分の気持ちに見ないフリしてきたか、欲求をおさえたかも知らないで。

熱を燈して、燈したっきりで、こっちを振りむいてなんてくれないくせに。

私の頬に大筋の涙がつたった。声をあげるのを抑えた喉が痛い。


「絶っっ対行かない!! 死んでも行かない!! 翔兄ちゃんなんか大っ嫌い!!」


自分でもびっくりするほどの大声をあげて電話を切った。ついでに電源も。


痛い痛い痛い全部痛い。もうびっくりするくらい痛くてもう立ち上がれない。

私は母の前でだけは、としゃっくりあげるのをこらえて自分の部屋へと猛ダッシュをした。

母の心配そうな声が私の背中を追いかけるが、知らない。もう今は何も答えられない。


ダダダダという私の足音が廊下をかけぬけ、自分の部屋へとたどり着く。

私は勢いのついたまま部屋にとびこむと、鍵をかけ、ベッドに顔から飛び込んだ。


涙が緩く、生温く頬を伝う。何やってんだか、と思いながら手で目を覆った。


私は翔兄ちゃんのことが小6の時から中2のときまでずーっとずーっと好きだった。

家に来てくれたりとか、一緒にでぃずにー行ったりとか、服選んだりとか

もうそういう時間が抱きしめたいくらい大事で切なくなるほど嬉しくて

恋なんだなーって恥ずかしくなった。

いっつも当たり障りなく、何もないようの喋ってたけど、体が触れたときとか、

密室に二人っきりのときとか、声がうわずりそうで心底恐怖だった。

もう、イトコ同士だけどさ、本当に好きだったんだよ

ていうか今でも好きなんだよ


私は惨めな声をあげて、大口開けて、涙をボダボダ零した。

お祭りの明りが窓の外で楽しそうに揺れている。非常に、不愉快。


翔兄ちゃんに彼女ができたときは一週間泣き続けるくらいつらかった。

でも彼女私の比じゃないほど可愛くて、性格も良くて、お似合いだった。

翔兄ちゃん輝いてたし、凄い幸せそうだったし。

「花火んとき告白された」って私にご丁寧に報告までしてくれたし。

私は辛かった。全然翔兄ちゃんに手届かないじゃんって。

だからあきらめた。もうサッパリスッパリと。そもそもイトコだしね、だなんて。

でもさ全然あきらめきれてなかった。


だって、今でも声聞くとうれしいもん。顔見たいし会いたいし… …


私は枕を抱きしめて、顔を埋めた。涙は、止まってくれない。

本当は、イトコとしてでも友達としてでもいいから、翔兄ちゃんと祭りに行きたかった。

でも、浅黒い絡み合った感情に突き動かされて、断るばかりか罵声まで浴びせてしまった。

本当なにやってんだろう。私の目から後悔の自虐の涙が流れてくる。


「彩夏、おまえ、何泣いてんだよ」


驚いた私は枕から顔を引きはがし、声のした方向を見た。


 幻覚でも陽炎でもない。そこには確かに翔兄ちゃんが立っていた。


走ってきたのか知らないけどグッチャグチャの髪で乱れまくったルーズな服装で。


「何でここに?」


「窓だよ窓!俺の運動神経なめんじゃねー」


そういえば、窓が開いてカーテンがそよいでいる。にしても凄いだってここ二階だもの。

翔兄ちゃんはフンッと鼻をならし、エラそうに腰に手を置いた。

そして私のほうに怖い顔でズカズカと歩みよってき、頬をぶにっと引っ張った。

涙のせいでちょっと滑っている。


「怒った挙げ句何泣いてんだよ わけわかんねーよお前」


翔兄ちゃんは頬をつねるのをやめ、代わりに私の涙を拭いた。

バスケ部のくせに翔兄ちゃんの指は滑らかで、細長くて、ついでに冷たい。

私の目から、また涙が溢れた。

翔兄ちゃんは怒っているような、戸惑っているような複雑な表情を浮かべながら

私を見ていた。

こういうところが好きだったんだなーって思う。口悪いくせに実は優しくて

ちょっと不器用で。おまけにイケメンで。

でもとびっきり可愛い彼女できちゃったんだな。


「翔兄ちゃんはわかってなぁい」


再び泣き始めた私に、翔兄ちゃんはとんでもなく的外れなことを言った。


「彩夏いじめられてんの?」


「… …違うって ほんっとに分かんないの?」


「何だよ」


翔兄ちゃんは本当に分からない様子で私の涙をぬぐう手を止めた。

本当の気持ち言っちゃいたい、という衝動が私の胸を掻き立てる。

私の気持ち話したらどんな顔をするだろうか?どんな言葉を言う

だろうか? 答えは分かっている。間違えなく「ごめん」と言わ

れる。そして翔兄ちゃんは罪悪感に苛まれる。

だからもし言うんなら過去形にしてやろう。昔好きだったんだアハハ

って言ってやろう。

怖いけど、でももう私を解放してやろう。 


「私、しょ」


私の言葉は突然の爆音に遮られた。翔兄ちゃんと私、同時に窓の外を見る。

花火が、上がっていた。

私の部屋から見ているから小さくしか見えないけど、

綺麗な赤い花が夜空に散っては消えていった。

翔兄ちゃんの綺麗な横顔が微かな赤に照らされている。


「彩夏! ベランダ行こ!」


翔兄ちゃんは大きな手で私の手を引っ張り、半ば強引にベタンダに連れ出した。

私がさっきそうしていたように、柵にもたれかかる。

ベランダで見た方が私の部屋で見るよりも幾分か大きく見えた。


ドンッドドンッという重い音が、私の胸の奥を突き上げる。

花火は鮮やかで綺麗で儚くて、美しい。花を散らし、魅了しては消えてゆく。


「で 何?」


翔兄ちゃんは花火をそっちのけで私のほうに向き直った。

時折花火に染められる頬が、色っぽく、美しい。


「… …の」

「え?何て?」


翔兄ちゃんは私にもっとぐっと近づいた。微かに触れた手が驚く程熱っぽい。

私は苦しかった。私の胸はもういっぱいいっぱいだ。

進路のことも友達のことも家族のことも、死にたくなるくらい苦しいけど。

叶わない恋はもっともっと苦しい。


「私 翔兄ちゃんが好きなの」


私の言葉は花火の雑音に消されることも、闇に飲み込まれることもなく

直線を辿って翔兄ちゃんのもとへと届いた。

翔兄ちゃんは驚いたように目を大きくする。そしてまた目を細めた。

翔兄ちゃんの形の良い唇が小さく開かれる。

「ごめん」という言葉を覚悟し、私は右手を冷たくなるほど握りしめた。


「遅いわ お前」


「… …は?」


予想外の言葉が出たため、私は思わず聞き返した。

翔兄ちゃんは照れくさそうに、言う。


「彩夏さ、普通、中学生にもなった男が毎日のように女の子の家に通ったり

 一緒に買い物行ったりすると思うか? 普通せんよ 従兄弟同士でも」


私は身体のうちから焼け付くされる程の火照りを感じた。

それって、それって… …


「翔兄ちゃん 私のこと好きだったの?」


翔兄ちゃんはおそらく頬を赤らめて、頷いた。


「はぁ?! じゃあ何で彼女なんかつくったの!?」


私が責めるようにそう言うと、翔兄ちゃんは弁解めいた口調で言った。


「だってそりゃお前、高校生にもなったら彼女くらい欲しいだろ

 それにお前全然俺のこと恋愛対象と思ってない感じやったし

 彼女できたときやって全然妬かんかったやろが

 それに一応俺ら従兄弟同士なんやから 迂闊に好きとか言えんわ」


「はぁ?! 理由おかしいやろソレ この意気地なしが!

 てか振り向かないとかそっちだってじゃん 

 密室に二人っきりん時とかプールで遊んだときとか

 私どんだけドキドキしたと思ってるの!!」


「… …何考えてんのお前 エロガキ」


私達はまた見つめ合い、笑い合った。

私達はどうもシリアスになりきれないらしい。でもそれで良かった。

私は今、最高に幸せだ。

心の中が溶けそうなほどに幸せだ。


翔兄ちゃんはしばらく見せていた笑顔を、急にやめ

代わりに驚くほど真剣な表情をしていた。


「彩夏 まだ 俺のこと好き?」


「当たり前でしょ」 


私はきっぱりと言った。嬉しすぎて涙が出てきそうだった。

私の片思いは両思いだったんだ、やっと私、それを知ったんだ。


翔兄ちゃんはキラキラとした星空みたいな瞳で私のことを見ていた。

世界がキラキラして見える。何もかもに色があって、新鮮さがある。


翔兄ちゃんの身体が、私のそんな視界をいきなり遮る。

翔兄ちゃんの両手がゆっくりと、優しく私を包んだ。

私もゆっくりと翔兄ちゃんの背中に手を回す。

翔兄ちゃんのウエストは細くて硬かった。男なんだな、と実感する。


ふいに私の鼻を、爽やかな香水の匂いが擽った。

これは、翔兄ちゃんの愛用している香水だ。今、この匂いは私のものなのだ。

もの、だなんていうのはおかしいけれど。でも私のもの。


切なくて、愛おしくて、私は翔兄ちゃんを抱きしめている手に力を込めた。


二人の熱が響き合い、あたりの空気を熱っぽくさせる。

翔兄ちゃんは酷く小さな声で私に囁いた。


「彩夏 すき」


翔兄ちゃんの甘い声は私の耳をジーンと痺れさせる。


「私も 翔兄ちゃん 大好き」


翔兄ちゃんはより一層私を強く抱きしめる。


重い花火の音が私の胸にドンドンッと響いた。

昔は煩わしくて、大嫌いだったこの音も今年から好きになれるかもしれない。


「翔兄ちゃん 花火クライマックスだよ」


私がそう言うと、翔兄ちゃんは私からそっと手を離し

私の見ている方向に視線をやった。


色鮮やかな綺麗な花火が何発も何発も一気に空に打ち上げられる。

消えては開き、消えては開き。儚く、追い求めたくなるほどの美しさ。


黄金色の大きな花火が空に開いたかと思うと、祭り会場から大きな歓声

が湧き、アナウンスが流れた。

どうやらこれで終わりらしい。


まだ夜空に残っている無数の金の瞬き。

まるで星の子のようなそれは一つずつ、一つずつ消えていった。


私はそのうち、最期まで残りそうな奴に、翔兄ちゃんと私を重ねた。


一定時間を超えた辺りから急激に消えていく瞬き

私と翔兄ちゃんを重ねたソレも、最期まで残ることはなく夜空に消えていった。


でも、それでもいいのだ。

消えてしまうからこそ儚く、美しいのだ。


私は、腰に回してきた翔兄ちゃんの手を拒むことなく

そのまま翔兄ちゃんに身体を押しつけた。

翔兄ちゃんはそんな私の背にまで手をあげると、顔を近づける。

私はそっと、柔らかいものに口づけた。


しょっぱくて、透き通った、夏の終わりの味がした。


珍しくハッピーエンドのものを書いてみました。


ご感想いただけると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 明快なリズムが良いです。 ポンポンと弾むようにお話が進んで行きました。 [気になる点] 改行の失敗が目立ちました。 一度読み直して修正してみてはどうでしょう? [一言] こんにちは。別サイ…
[気になる点] 悪くはないんですけど、塊?になって読みにくかったかなと;二行三行くらいならいいんですけど、かなりの量になったときとか;あの、ギャップ?があるんで(他の行と) あ、すみません!!;この…
[良い点] 言いたい事は何となく伝わりました。 [気になる点] だが、それをうまく伝えられていない。 読者が自分で言葉を補完しなければならないような文章力だと感じました。 主人公がどこで何をしているの…
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