第十章・2
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大酉は目を覚ました。
夜明けまでは、まだだいぶ時間がありそうな真っ暗な闇の中。ベッドに仰向けになったまま、今見た夢を思い返す。
なんて都合のいい夢を見たのだろう。
過去に鈴を見殺しにしたことを、消そうとするかのような勝手な夢。
実際に叫んだわけでもない喉が、なんだかひどく乾いた気がして、大酉は水を飲みに行こうと体を起こした。
そして驚く。
鈴がまたそこに居たからだ。
ベッドの脇に座るような形で足を垂らしたまま、上半身を大酉のすぐ傍らに横たえて鈴が眠っていた。
「鈴さん?」
いつもの『眠り病』だろうか。しかしどうしてここで寝ているのだろう。何かあって自分を呼びに来たのだろうか。
不安が大酉を襲う。
「鈴さん、大丈夫ですか。鈴さんっ!」
「ん……」
小さな肩を揺すると、鈴はもぞもぞと顔を擦りながら目を覚ました。
「鈴さん、平気ですか。何かあったんですか」
「え? 平気だけど……おはよう……」
寝ぼけたような舌足らずな口調で返す鈴に、大酉はホッとして大きく息をついた。
「良かった……」
あんな夢を見たせいだろうか、なんだかとても疲れていた。片手で痛む目頭を押さえる。
「大酉?」
鈴の心配そうな声がした。
枕元の照明を点けた大酉は、小さく眉を寄せて自分の顔を覗きこむ鈴を見て、笑顔を作って返した。
「すみません。まだ起きるには早かったですね。鈴さんはまだ眠られますか」
「……いいよ、俺は。いつも寝てるし。大酉は?」
「私のことなら気になさらないでください。少し……だいぶ早いですけど、起きましょうか」
笑いながらベッドを立ち上がろうとした大酉だったが、その腕を鈴に掴まれベッドに座る。
「もういいよ、大酉」
「鈴さん?」
「もういいだろ」
真面目な顔で自分をじっと見つめる鈴に戸惑う。
「大酉は、ちゃんと俺を助けられたじゃないか」
「え……」
今、鈴は何と言ったのだろう。いったいそれはどういう意味なのだろう。
「犯人がそこに現れても、誰も大酉を助けてくれなくても、大酉は諦めないで俺を助けてくれた。何度も俺を助けてって叫んでくれただろ」
「それは……」
それはたった今、見た夢の中の出来事だ。どうして……。
『鈴には人の夢に入る力があるようなんです』
まさか。
「勝手に入ってごめん。でも、これが一番いいと思って。もう二度としない」
あれは本当の話だったのだ。
鈴には本当に人の夢に入る力がある。
つまり、今のはただの夢ではなかったと。
あの少年はまぎれもなく鈴だったというのか。
「眠りなよ。もう夢なんて見ないで」
「あの、鈴さん……」
「眠れないなら、眠れるまでここにいてやろうか。俺のがまた寝ちゃうかもしんないけど」
「いえ、いいです……」
「遠慮しなくていいよ」
「いえ、本当に」
「なんだよ。俺がせっかく寝ろって言ってんのに」
どうやら自分がもう一度寝るまで、鈴は動きそうにない。
「それじゃあ……もう少し眠らせてもらいます」
「うん、それがいいと思う」
勝手なことを言った鈴は横になった大酉の頭を満足そうに撫でた。
まるで子供扱いだ。
「大酉」
「はい」
名前を呼ばれ鈴を見る。
「ありがとう。俺を助けてくれて」
そう言うと鈴は、枕元の明りを消した。
そっと部屋を出て行く鈴の気配。
明りを消してくれて良かったと大酉は思った。情けなく歪んだ顔を見られずに済んだから。
今度は間違えなかっただろうか。
今度は本当に自分はちゃんと、鈴を助けられたのだろうか。
すべての不安が、今の鈴の言葉にかき消されていく気がした。
大酉は布団を頭までかぶると、声を押し殺して泣いた。
なんの涙なのか分からない。安堵なのか、喜びなのか。それでも込み上げてくる感情に涙を止めることができなかった。