表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

第四章・1

第四章


―1―


 アパートに戻った大酉を出迎えたのは、ドアを覆い隠すほどの中傷の貼り紙や落書きだった。

 『人殺し』『死ね』『お前が犯人だろ』そんな言葉で覆われたドアをこじ開けると、部屋の中では電話が鳴っていた。留守電に切り替わったそれに、押し殺したような声で吹き込まれるメッセージ。


『本当はお前がやったんだろ。人殺し』


 そして切れた電話は、またすぐに鳴り始める。大酉は電話のコードを引きちぎるように抜いた。

 冤罪に対して、世間がすべて同情的かというとそうではない。自分のような人間には、これからも疑惑の目がつきまとうだろう。

 大酉はベッドに腰を下ろした。家宅捜査の入ったはずの部屋の中は、それほど荒らされた様子はなく、ただ一年近く人がいなかったためか、どこか微かにえたような匂いがした。

 そのとき、ドアのチャイムが鳴って、大酉の心臓はビクリと跳ね上がった。

 一年前、刑事が訪ねて来たときのことを思い出す。


「大酉さーん。こんにちはー」


 なんだか馴れ馴れしい声がドアの外で大酉を呼んだ。

 いったい誰だ。


「すみません。週刊活報の者です」


 週刊誌の記者だった。


「いらっしゃるんでしょう? お話聞かせてもらえませんかね」


 返事をしない大酉に、チャイムが何度も続けて鳴らされる。 


「あれぇ? 無実だったんでしょ。それとも何か、やましいことでもあるんですか。ねえ、大酉さーん」


 煩い。もう放っておいてくれ。

 しかし、マスコミのしつこさは、大酉自身が一番よく知っている。

 大酉は布団を被ってベッドの隅に丸くなった。このまま眠りに落ち、一生目覚めなければいいのにと願う大酉の気持ちとは裏腹に、いつまでたっても眠ることはできなかった。



 釈放されてからも、大酉の苦しみはずっと続いた。

 何度も家に押し掛けて来るマスコミを避けるため、一日中カーテンを閉じた家に引き蘢った。

 一度、外したコードを繋ぎ直し、実家へと電話をしてみたが、その電話は呼び出し音すら鳴らなかった。

 もしかしたら、自分に掛かってくるのと同じような電話が、実家の方にもあったのかもしれない。

 もしかしたら、自分が知っているあの家から、どこかへもう引っ越してしまっているかもしれなかった。

 人を煩わしいとばかり思っていた大酉は今、世の中にたった一人でいる孤独に押しつぶされそうだった。


 そして、やがて金が底をつき始める。

 滞納していた家賃を支払ったせいで、貯金はあっという間になくなっていった。

 元々、たいした稼ぎではなかったカメラの仕事は、もはや大酉には入ってこなかった。

 何より、もう、大酉はカメラを手にすることができなかった。大酉の無実を証明してくれたのはカメラだったが、あの時、大酉を狂わせたのもカメラだったから。

 犯人の指紋のついたカメラは、今でも警察に保管されている。大酉はそれ以外の家にあったカメラを売り払った。

 

 すべてを売り払おうとしたが、結局一台だけは手元に残した自分をひどく女々しいと思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ