第四章・1
第四章
―1―
アパートに戻った大酉を出迎えたのは、ドアを覆い隠すほどの中傷の貼り紙や落書きだった。
『人殺し』『死ね』『お前が犯人だろ』そんな言葉で覆われたドアをこじ開けると、部屋の中では電話が鳴っていた。留守電に切り替わったそれに、押し殺したような声で吹き込まれるメッセージ。
『本当はお前がやったんだろ。人殺し』
そして切れた電話は、またすぐに鳴り始める。大酉は電話のコードを引きちぎるように抜いた。
冤罪に対して、世間がすべて同情的かというとそうではない。自分のような人間には、これからも疑惑の目がつきまとうだろう。
大酉はベッドに腰を下ろした。家宅捜査の入ったはずの部屋の中は、それほど荒らされた様子はなく、ただ一年近く人がいなかったためか、どこか微かに饐えたような匂いがした。
そのとき、ドアのチャイムが鳴って、大酉の心臓はビクリと跳ね上がった。
一年前、刑事が訪ねて来たときのことを思い出す。
「大酉さーん。こんにちはー」
なんだか馴れ馴れしい声がドアの外で大酉を呼んだ。
いったい誰だ。
「すみません。週刊活報の者です」
週刊誌の記者だった。
「いらっしゃるんでしょう? お話聞かせてもらえませんかね」
返事をしない大酉に、チャイムが何度も続けて鳴らされる。
「あれぇ? 無実だったんでしょ。それとも何か、やましいことでもあるんですか。ねえ、大酉さーん」
煩い。もう放っておいてくれ。
しかし、マスコミのしつこさは、大酉自身が一番よく知っている。
大酉は布団を被ってベッドの隅に丸くなった。このまま眠りに落ち、一生目覚めなければいいのにと願う大酉の気持ちとは裏腹に、いつまでたっても眠ることはできなかった。
釈放されてからも、大酉の苦しみはずっと続いた。
何度も家に押し掛けて来るマスコミを避けるため、一日中カーテンを閉じた家に引き蘢った。
一度、外したコードを繋ぎ直し、実家へと電話をしてみたが、その電話は呼び出し音すら鳴らなかった。
もしかしたら、自分に掛かってくるのと同じような電話が、実家の方にもあったのかもしれない。
もしかしたら、自分が知っているあの家から、どこかへもう引っ越してしまっているかもしれなかった。
人を煩わしいとばかり思っていた大酉は今、世の中にたった一人でいる孤独に押しつぶされそうだった。
そして、やがて金が底をつき始める。
滞納していた家賃を支払ったせいで、貯金はあっという間になくなっていった。
元々、たいした稼ぎではなかったカメラの仕事は、もはや大酉には入ってこなかった。
何より、もう、大酉はカメラを手にすることができなかった。大酉の無実を証明してくれたのはカメラだったが、あの時、大酉を狂わせたのもカメラだったから。
犯人の指紋のついたカメラは、今でも警察に保管されている。大酉はそれ以外の家にあったカメラを売り払った。
すべてを売り払おうとしたが、結局一台だけは手元に残した自分をひどく女々しいと思った。