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人怖 配達員

作者: kyujinrui
掲載日:2026/10/07



第一章 配達員


午後8時12分。


仕事を終えた美咲は、マンションのエントランスで郵便受けを確認した。


一枚の不在票が入っていた。


『お届け先ご不在のため、持ち戻りました』


美咲は首をかしげた。


ネットで買い物をした覚えはない。


差出人の欄には何も書かれていなかった。


ただ、備考欄に手書きの文字があった。


『明日、もう一度伺います』


翌日。


午後8時15分。


また不在票が入っていた。


『お届け先ご不在のため、持ち戻りました』


備考欄には、こう書かれていた。


『本日もお会いできませんでした』


美咲は気味が悪くなった。


そもそも荷物を注文していない。


不在票に記載された配送会社の名前を調べ、営業所に電話した。


「すみません、荷物の確認をお願いしたいんですが」


受付の女性に伝票番号を読み上げる。


しばらく待たされたあと、女性が答えた。


『申し訳ありません。その番号のお荷物は登録されておりません』


「え?」


『弊社の伝票番号ではないようです』


美咲は不在票を見直した。


確かに、会社のロゴは印刷されている。


しかし、よく見ると文字が少し歪んでいた。


自宅のプリンターで作ったような、不自然な印刷だった。


「……これ、偽物ってことですか?」


『現物を確認しないと断定できませんが、弊社の不在票ではない可能性があります』


電話を切った。


美咲は二枚の不在票を並べた。


備考欄の筆跡は同じだった。


そして、二枚目の裏に、小さな文字が書かれていることに気づいた。


『昨日は青い服でしたね。』


美咲は息を止めた。


昨日、仕事から帰ってきたとき。


確かに青いブラウスを着ていた。


第二章 見られている


美咲は28歳。


都内の小さな広告会社で働いていた。


マンションはオートロック付きの7階建て。


美咲の部屋は503号室だった。


翌朝、管理人に不在票を見せた。


「これ、誰かが勝手に入れてるみたいなんです」


管理人は眉をひそめた。


「配達員じゃないんですか?」


「配送会社に確認したら、偽物だって」


「それは困りましたね……」


管理人はエントランスの防犯カメラを確認すると約束した。


その日の夕方。


管理人から電話があった。


『昨日の午後8時ごろ、確かに配達員らしき男性が映っていました』


「どんな人ですか?」


『帽子とマスクをしていて、顔は分からないんですが……』


「はい」


『大きな段ボールを持っていました』


「段ボール?」


『ええ。ただ、郵便受けに紙を入れたあと、そのまま帰っているんです』


「荷物を持ったまま?」


『そうです』


美咲は少し安心した。


少なくとも、相手は外から来ている。


マンション内の住人ではなさそうだった。


管理人は続けた。


『でも、一つ気になることがありまして』


「何ですか?」


『その男性、午後6時ごろからずっとエントランスの外にいたんです』


「……え?」


『住人が出入りするたびに、何かを確認しているようでした』


美咲は昨日の帰宅時間を思い出した。


午後8時12分。


不在票を見つけた時間だ。


管理人が言った。


『それで、あなたが帰ってきた直後に、男性が建物を離れているんです』


美咲は電話を握りしめた。


「……つまり」


『はい』


『あなたが帰ってくるのを待っていたように見えます』


第三章 荷物の中身


その夜、美咲は友人の奈緒に電話した。


「気持ち悪すぎるんだけど」


奈緒は真剣に聞いてくれた。


『それ、警察に相談した方がいいよ』


「明日行くつもり」


『今日は絶対ドア開けないでね』


「うん」


『あと、宅配ボックスとかないの?』


「あるよ」


『じゃあ、本当に荷物があるならそこに入れればいいじゃん』


確かにそうだった。


なぜ、わざわざ不在票を入れるのか。


そのとき。


ピンポーン。


玄関のチャイムが鳴った。


美咲は時計を見た。


午後10時43分。


奈緒が電話の向こうで言った。


『……誰?』


「分かんない」


美咲はインターホンのモニターを見た。


そこには、配達員の制服を着た男が立っていた。


帽子を深くかぶり、マスクをしている。


胸元に見覚えのある配送会社のロゴ。


男は大きな段ボールを抱えていた。


『お荷物のお届けです』


美咲は応答ボタンを押した。


「頼んでないんですけど」


『お届け先はこちらで間違いありません』


「何の荷物ですか?」


『申し訳ありません。中身までは分かりません』


「差出人は?」


男は少し黙った。


『……お客様ご本人です』


美咲は眉をひそめた。


「私?」


『はい』


「そんな荷物、送ってません」


男は段ボールを持ち直した。


『ですが、確かにお客様のお名前でお預かりしております』


「じゃあ、宅配ボックスに入れてください」


男は答えなかった。


数秒後。


『……できません』


「どうして?」


『直接お渡しする決まりですので』


美咲は電話越しの奈緒に小声で言った。


「……やっぱり変だよね」


奈緒が叫んだ。


『絶対開けちゃだめ!』


男はモニター越しに、じっとこちらを見ていた。


そして、突然言った。


『美咲さん』


美咲は固まった。


『お仕事、お疲れさまでした』


「……」


『今日も遅かったですね』


美咲は応答を切った。


すぐに110番した。


第四章 警察


警察官が到着したのは約15分後だった。


そのときには、男の姿は消えていた。


美咲は不在票とインターホンの録画を見せた。


警察官は真剣な表情で話を聞いた。


「相手に心当たりはありますか?」


「ありません」


「職場でトラブルになった方などは?」


「特に……」


警察官は不在票を確認した。


「これは確かに不自然ですね」


「捕まえられないんですか?」


「映像などを確認して捜査します。現時点では相手の身元が分かりませんので、まずは安全を優先してください」


警察官は管理会社への連絡と、記録の保存を勧めた。


その夜、美咲は一睡もできなかった。


翌日。


会社を休み、奈緒の家に泊まることにした。


荷物をまとめていると、スマートフォンにメールが届いた。


差出人不明。


件名は『再配達について』。


本文には、一行だけ書かれていた。


『お留守になる場合は、事前にご連絡ください。』


美咲はすぐに警察へ転送した。


そして、奈緒の家へ向かった。


第五章 友人の家


奈緒は一人暮らしだった。


美咲とは高校時代からの親友で、何でも相談できる相手だった。


「しばらく泊まっていいからね」


「ありがとう……」


「警察、ちゃんと動いてくれるといいけど」


二人は夕食を食べ、テレビを見た。


久しぶりに安心できた。


午後11時。


奈緒が風呂に入っている間、美咲はソファでスマートフォンを眺めていた。


すると、知らない番号から電話がかかってきた。


出なかった。


すぐにメッセージが届いた。


『再配達に伺いました』


美咲は心臓が跳ねた。


続けて、写真が送られてきた。


奈緒のマンションのエントランス。


そこに、大きな段ボールを抱えた男が立っていた。


美咲は悲鳴を上げた。


「奈緒!!」


浴室から奈緒の声がした。


「どうしたの!?」


「来てる!! あいつ、ここにも来てる!!」


奈緒は慌てて出てきた。


写真を見せる。


奈緒の顔が青ざめた。


「……何でここが分かるの?」


二人はすぐに警察へ電話した。


警察が来るまで、絶対に外へ出ないことにした。


そのとき。


ピンポーン。


チャイムが鳴った。


奈緒は震えながらモニターを確認した。


誰も映っていない。


しかし、玄関の外から物音がした。


ゴトッ。


何か重いものを置く音。


二人は息を殺した。


数分後。


警察官が到着した。


玄関の前には、大きな段ボールが置かれていた。


送り状には、美咲の名前。


差出人欄には、こう書かれていた。


『いつもお世話になっております。』


警察官が周囲を確認し、安全を確保したうえで箱を開けた。


中には、衣類が入っていた。


女性用のブラウス。


スカート。


下着。


靴下。


すべて、美咲のものだった。


美咲は声を失った。


それらは、自宅のクローゼットに入れていた服だった。


警察官が尋ねた。


「これ、あなたのものですか?」


美咲は震えながら頷いた。


「……はい」


「最近、盗まれたことに気づきましたか?」


「いいえ……」


美咲は泣き出した。


「だって……」


「……」


「昨日まで、普通にクローゼットにあったんです……」


第六章 侵入者


警察が美咲の部屋を調べた。


玄関の鍵に目立った破壊の痕跡はなかった。


窓も施錠されていた。


しかし、クローゼットの衣類は確かに減っていた。


さらに、寝室のベッドの下から、小型の録音機が発見された。


中には、美咲の生活音が何日分も記録されていた。


寝息。


電話の声。


目覚まし時計。


そして、ある日の午前3時17分。


美咲が眠っている間に、男の声が録音されていた。


『……起きないね』


数秒後。


『今日も、よく眠ってる』


美咲は吐き気を覚えた。


男は、部屋の中に入っていた。


しかも、眠っている自分のすぐ近くまで来ていたのだ。


警察は本格的に捜査を進めた。


マンションの防犯カメラには、配達員の格好をした男が何度も映っていた。


ただし、不思議なことがあった。


男は美咲の部屋に入る際、玄関を使っていなかった。


少なくとも共用廊下のカメラには、503号室へ向かう姿がほとんど映っていなかった。


その一方で、録音機や盗まれた衣類が存在する。


誰かが部屋に侵入していたことは間違いなかった。


管理会社が建物の構造を調べた。


そこで、ある事実が判明した。


美咲の部屋の隣、504号室。


そこは半年以上、空室になっていた。


しかし、管理会社が確認すると、室内には生活の痕跡があった。


食べかけの弁当。


ペットボトル。


寝袋。


そして、大量の写真。


すべて美咲を撮影したものだった。


帰宅中。


買い物中。


会社の前。


マンションのエントランス。


さらに、504号室の押し入れの奥には、薄い板で塞がれた古い点検口があった。


そこは、美咲の部屋の天井裏につながっていた。


犯人は空室に潜み、天井裏から美咲の部屋に侵入していたのだ。


第七章 犯人


数日後。


警察は男を逮捕した。


名前は佐伯健一。


42歳。


以前、美咲のマンションで設備点検の仕事をしていた男だった。


仕事で建物の構造を知り、管理の甘い空室に無断で入り込んでいた。


美咲とは面識がなかった。


少なくとも、美咲自身には覚えがなかった。


取り調べで、男は淡々と話した。


「最初は、ただ見ていただけです」


「なぜ、彼女を?」


「……きれいだったので」


「それだけですか?」


「はい」


「なぜ不在票を?」


男は少し笑った。


「……気づいてほしかったんです」


「何に?」


「僕が、いつもそばにいることに」


男は悪びれた様子もなく続けた。


「毎日見てると、家族みたいな気持ちになるんですよ」


「彼女はあなたを知りません」


「でも、僕は知ってます」


「……」


「好きな食べ物も、寝る時間も、生理用品のメーカーも」


捜査員は表情を変えなかった。


男は続けた。


「僕の方が、彼女のことを知ってるんです」


「だから、荷物を届けたと?」


「そうです」


「何を届けたかったんですか?」


男は首をかしげた。


「……僕の存在です」


捜査員が尋ねた。


「それで、彼女が受け取らなかったら?」


男はしばらく黙った。


そして言った。


「……困りますね」


「どうするつもりだったんですか?」


「だって」


男は笑った。


「もう、僕の部屋なんですから」


第八章 安心


事件から2か月。


美咲は別のマンションに引っ越した。


今度は、管理体制のしっかりした物件だった。


男は勾留され、裁判を待っていると聞いていた。


もう会うことはない。


美咲は少しずつ日常を取り戻していった。


奈緒も何度か遊びに来てくれた。


「今度こそ大丈夫だよ」


「うん。ありがとう」


事件のことを考えない日も増えていた。


そんなある日。


奈緒から電話がかかってきた。


『美咲、ちょっと聞いていい?』


「何?」


『あの犯人、もう捕まってるんだよね?』


「うん」


『……そうだよね』


奈緒の声がおかしかった。


「どうしたの?」


『実はさ、昨日、うちのマンションに変な人が来て』


「……え?」


『配達員の格好した男』


美咲の手が止まった。


「……何で?」


『分かんない。宅配便だって言ってたんだけど』


「警察には?」


『相談した。でも、犯人とは別人みたいで』


美咲は黙った。


奈緒が続けた。


『それでさ……』


「うん」


『その人、変なこと言ってたの』


「……何て?」


『美咲さんは、もうこちらにはいませんかって』


美咲は背筋が凍った。


「……その人、何歳くらい?」


『30代くらいかな』


「顔は?」


『帽子とマスクで見えなかった』


美咲はすぐに警察へ連絡するよう伝えた。


しかし、奈緒は言った。


『うん。もう連絡した』


「……そう」


『それで、警察の人に言われたんだけど』


「何?」


『あの事件の犯人って、佐伯っていう男だったよね?』


「うん」


『……佐伯って人、逮捕されたときに変なこと言ってたらしいよ』


「……何?」


奈緒は少し迷ってから答えた。


『自分は配達員じゃないって』


美咲は眉をひそめた。


「……どういうこと?」


『不在票も、自分が作ったものじゃないって言ってたらしい』


「でも、あいつが私の部屋に……」


『うん。それは認めてるんだって』


奈緒は続けた。


『でも、配達員の格好をしてたのは別の男だって』


美咲は黙った。


『佐伯は、その男が何度も美咲のマンションに来てるのを見てたらしいの』


「……」


『だから、自分が疑われるのが怖くて、黙ってたんだって』


美咲は、あの夜のインターホン映像を思い出した。


帽子。


マスク。


大きな段ボール。


佐伯の顔は、警察から見せられた写真で知っている。


しかし、インターホンの男の顔は一度も見ていない。


本当に、同じ人物だったのだろうか。


第九章 もう一人


美咲は警察署を訪れた。


担当の捜査員は、奈緒が聞いた話について説明した。


佐伯は住居侵入や盗撮について認めている。


だが、偽の不在票や宅配便を装った訪問については、一貫して否認していた。


捜査員は言った。


「当初は、責任逃れの可能性も考えていました」


「……はい」


「ただ、映像を詳しく調べると、体格に違いがあったんです」


「違い?」


「配達員の男は、佐伯より背が高い」


美咲は黙った。


「それに、佐伯が空室にいた時間帯に、配達員の男がエントランスに映っている記録もあります」


「……じゃあ」


「別の人物が関わっている可能性があります」


美咲は震えた。


「……その人は、何が目的なんですか?」


捜査員は答えられなかった。


「現在、調べています」


美咲は警察署を出た。


外はもう暗かった。


駅まで歩く途中、何度も後ろを振り返った。


誰もいない。


それでも、誰かに見られている気がした。


第十章 差出人


翌日。


美咲は仕事から帰宅した。


新しいマンションの郵便受けを開ける。


中には、一枚の不在票が入っていた。


美咲は息を止めた。


同じ紙。


同じ印刷。


同じ筆跡。


備考欄には、こう書かれていた。


『お届け先ご不在のため、持ち戻りました』


そして、その下に。


『今回は、ちゃんと受け取ってくださいね。』


美咲はその場で警察へ電話した。


その夜は奈緒の家に泊まることになった。


翌朝、警察が防犯カメラを確認した。


そこには、配達員の格好をした男が映っていた。


帽子。


マスク。


大きな段ボール。


男は郵便受けに不在票を入れ、そのまま建物を出ていた。


ただ、一つだけ奇妙なことがあった。


男はエントランスに入るとき、オートロックを解除していなかった。


住人が帰宅するタイミングに合わせ、後ろから自然に入っていた。


その住人は、30代くらいの女性だった。


美咲は映像を見て、声を上げた。


「……奈緒?」


画面に映っていたのは、奈緒だった。


奈緒は男と何かを話していた。


そして、男に笑いかけていた。


まるで、知り合いのように。


美咲はその場で奈緒に電話した。


「ねえ、昨日、うちのマンション来た?」


『え? 行ってないよ』


「……本当に?」


『何で?』


美咲は映像のことを話した。


奈緒はしばらく黙った。


そして言った。


『……ああ』


「……何?」


『見られちゃったんだ』


美咲は言葉を失った。


「……どういうこと?」


奈緒はため息をついた。


『もう少しだったのに』


「……奈緒?」


『美咲ってさ』


奈緒の声が、いつもと違った。


『本当に、人を疑わないよね』


美咲はスマートフォンを握りしめた。


「……何言ってるの?」


『あの佐伯って男、気持ち悪かったでしょ?』


「……」


『でも、便利だったよね』


「……便利?」


『あいつが勝手に部屋に入ってくれたおかげで、全部あいつのせいにできたから』


美咲は震えた。


「……不在票、奈緒が?」


『そう』


「……配達員は?」


『私の知り合い』


「……何のために?」


奈緒は少し笑った。


『美咲が、一人で暮らせなくなるように』


美咲は何も言えなかった。


奈緒は続けた。


『怖かったでしょ?』


「……」


『でも、私の家に来たら安心できたでしょ?』


美咲の目から涙がこぼれた。


『美咲って昔からそうだよね。困ったときだけ私を頼るの』


「……奈緒」


『だから、ずっと困ってればいいと思ったの』


「……」


『そうすれば、ずっと私のところに来てくれるから』


美咲は震える声で言った。


「……あんた、最低だよ」


奈緒は静かに答えた。


『うん』


そして。


『でも、美咲が一番安心できたのは、私の家だったでしょ?』


電話が切れた。


最終章 鍵


奈緒と配達員役の男は、その後の捜査で身柄を確保された。


二人は知人同士だった。


奈緒は美咲の行動を把握し、男に指示していた。


佐伯の存在は偶然だった。


だが奈緒は、その偶然を利用した。


美咲が誰も信用できなくなるように。


そして、自分だけを頼るように。


事件の全容を知った美咲は、しばらく誰とも会えなくなった。


仕事も休んだ。


実家に戻ることにした。


両親は何も聞かず、温かく迎えてくれた。


久しぶりに安心して眠れた。


それから一か月。


美咲は少しずつ元気を取り戻していた。


ある日、母親が買い物から帰ってきた。


「美咲、郵便来てたわよ」


「ありがとう」


母親はテーブルに一通の封筒を置いた。


差出人は、奈緒だった。


美咲は封筒を見つめた。


開けるべきか迷った。


しかし、最後に何が書かれているのか知りたかった。


封筒を開ける。


中には短い手紙が入っていた。


『美咲へ』


『怖い思いをさせてごめんね。』


『でも、私は本当に美咲のことが大切だった。』


『高校のときから、ずっと。』


『だから、あんなことをしてしまった。』


『もう二度と会えないと思うけど、最後に一つだけ伝えたいことがあります。』


『美咲が私の家に泊まったとき、合鍵を渡したよね。』


美咲は手を止めた。


確かに、奈緒の家に泊まっていたとき。


奈緒から合鍵を渡されていた。


『いつでも来ていいから』


そう言って。


手紙は続いていた。


『あの鍵、まだ持ってる?』


美咲は鞄の中を探した。


小さな鍵が一本あった。


奈緒のマンションの鍵。


返すのを忘れていた。


美咲は手紙に目を戻した。


『実はね、あの鍵……』


『私の家の鍵じゃないんだ。』


美咲の指が止まった。


『美咲の新しいマンションの鍵なの。』


『引っ越しのとき、私が荷物の整理を手伝ったでしょ?』


『そのときに、こっそり作ったの。』


美咲は鍵を見つめた。


『でも、安心して。』


『もう私は使わないから。』


『だって……』


最後の一文を読んだ瞬間。


美咲の顔から血の気が引いた。


『あの鍵を使っていたのは、私じゃないから。』


美咲は手紙を落とした。


そして、もう一度鍵を見た。


奈緒が渡してきた鍵。


ずっと鞄に入れていた鍵。


その鍵を使っていた、別の誰か。


美咲は慌てて母親を呼んだ。


「お母さん!!」


母親が台所から顔を出した。


「どうしたの?」


「……この手紙、誰が届けたの?」


母親は不思議そうに答えた。


「郵便受けに入ってたわよ」


「……誰か見なかった?」


「さあ……」


母親は少し考えた。


「あ、そういえば」


「……何?」


「さっき、配達員さんが来てたわね」


美咲は息を止めた。


「……どんな人?」


「若い男の人だったかな」


「……荷物は?」


「何も持ってなかったわよ」


美咲は震えた。


母親は続けた。


「でも、変な人だったわね」


「……どうして?」


「あなたのこと、ずいぶん詳しく知ってたから」


美咲は動けなかった。


母親は笑った。


「昔からのお友達かと思っちゃった」


「……お母さん」


「何?」


「……その人、何て言ってた?」


母親は思い出すように答えた。


「美咲さんには、いつもお世話になっておりますって」


美咲は目を見開いた。


そして母親は、何気なく続けた。


「ああ、それとね。今度から私が届けますって言ってたわよ」


「……何を?」


母親は首をかしげた。


「さあ?」


そのとき、玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン。


母親が立ち上がった。


「あら、誰かしら」


美咲は叫んだ。


「開けないで!!」


しかし、母親はもう玄関へ向かっていた。


「大丈夫よ。鍵もかかってるし」


そして、インターホンに応答した。


「はい、どちら様?」


男の声が聞こえた。


『お届け物です』


母親が尋ねた。


「どちらからですか?」


男は答えた。


『美咲様からです』


「美咲から?」


『はい』


美咲は震えながら玄関へ走った。


「お母さん、絶対開けないで!!」


母親が振り返る。


「どうしたの、そんなに慌てて」


その瞬間。


玄関の向こうから、男の声がした。


『お母様、先ほどはありがとうございました。』


美咲は固まった。


男は続けた。


『合鍵、ちゃんと使えました。』


そして、ドアノブがゆっくり回った。


ガチャ。


鍵が開いた。



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