君と歩く夜
駅を出ると、夜の風が少しだけ冷たかった。
「思ったより寒いね」
「バスに乗る?」
「月が綺麗だから、歩いて帰ろうよ」
そんな話をしながら、僕らは歩き始めた。
***
隣を歩く美月が、首をすくめる。
「昼は暖かかったのにな」
「だから薄着で来ちゃった」
そう言って笑う彼女の肩に、僕は自分の上着をかけた。
「いいよ、悠真が寒いでしょ」
「風邪ひかれる方が困る」
美月は少し照れながら上着を羽織った。
特別な夜ではない。
仕事帰りに待ち合わせをして、近所の洋食屋で夕食を食べ、二人で帰るだけの夜だった。
***
付き合って三年。
最初の頃は何を話せばいいのか悩んでいた。
でも今は、沈黙さえ心地いい。
「月、きれい。」
美月が空を見上げる。
僕も見上げる。
同じ月を見ているだけなのに、不思議と心が満たされていく。
交差点で信号を待つ。
制服姿の高校生が笑いながら走り去っていく。
「私たちも、あんな頃があったね。」
「まだそんなに昔じゃないよ。」
笑い合いながら歩き出す。
美月の手が僕の手に触れる。
僕はそっと握り返した。
その温もりが当たり前ではないことを、今日の夜風が教えてくれる。
「私たち、この先どうなるのかな。」
不安ではなく、未来を見つめるような声で美月が聞いてきた。
「変わっていくと思う。」
僕は答える。
「でも、美月が隣にいてくれるなら、それでいい。」
美月は少しだけ涙ぐみながら笑った。
本当に僕は肝心な言葉が出てこないなぁ...。
その先を素直に言えたら-
***
美月の家に着き、玄関の前で上着を返してもらう。
「今日は楽しかった。」
「僕も。」
別れ際、僕は彼女を呼び止めた。
「また一緒に帰ろう。」
美月は優しく頷く。
「うん。」
ドアが閉まり、夜空にはさっきと同じ月が浮かんでいた。
何でもない帰り道。
でも、その時間はきっと、人生の中で何度も思い出す大切な一日になる。
僕は一人で駅へ向かって歩き出す。
手には、まだ君の温もりが残っていた。




