事件1-3『誕生日』
〈前回までのあらすじ〉
なぜか怪人発生現場から少し離れたところで発見された少女の衣服。
三羽ルカちゃんはなぜいなくなってしまったのか?
「三羽ルカ……、これがもし亡くなった少女の名前なら重要な手がかりになる」
そういうと、りゅうま隊長はブレスの通信ボタンを押し、ダイヤルで周波数を合わせる。
「もしもし、聞こえるかグリーン」
「……」
「返事をしろ! グリーン!」
「……はいはい聞こえてますよ」
ブレスの向こうから、とても気怠げな声が聞こえてきた。
「カニヒドーダ発生現場付近に、三羽ルカという名前の女の子が住んでいないか調べてくれ」
「ぼく今、配信見てるんですけど……」
めぐむはバーチャル配信者の配信を観るのが趣味で、邪魔されるとその日はとてつもなく機嫌が悪くなる。
「大至急頼むぞ」
「ちょ、ま」
めぐむが文句を言う前に、通信はブツリと切られてしまった。
「私たちも、周辺住民に聞き込みをしましょう。何か分かるかもしれません」
私がりゅうま隊長に提案すると、後ろから知らない大きな声が聞こえてきた。
「なぁんだい! まだあんたら捜査してたのかい。もう犯人は逮捕されたんじゃねぇのか?」
その声の方へ振り返ると、六〇過ぎくらいに見えるお爺さんが、杖をついて立っている。
「犯人? 逮捕? 何の話ですか?」
「あんれぇ? 昨日の殺人事件じゃないんかい?」
このお爺さんは全く何の話をしているのだろう。
歳老いてボケたのだろうか。
「なんだ。今朝のニュースを見ていないでござるか?」
「へ?」
「捜査官たるもの、そういう情報にはアンテナを張っておいた方がいいぞ」
ボケ老人扱いしてごめんなさい。どうやらこの場で知らないのは私だけらしい。
「昨晩、拙者たちが一回目のカニヒドーダ発生後の現場調査を終えたあと、そのすぐ近くで殺人事件が起きらしいでござる」
「犯人の高校生は友人と口論になり、たまたま持っていたスコップで相手を殴り殺害。その後逃走したが、近くの監視カメラの映像から人物が特定され逮捕されたんだ」
お爺さんがそれを聞いてウンウン頷く。
「そうそう、そうだよ。犯人の名前はたしか十連地キョウリ、ここらでは有名なヤンキーだった」
本当に全く知らない話だ。昨日ここの近くでそんなことがあったなんて。
「怪人に、ヤンキーに、物騒な世の中でござるなぁ」
いとしさんの言う通りだ。
こんな物騒な世の中だからこそ、きっとヒーローの存在が必要なのだと、強く思う。
「もしもーし」
ブレスに連絡が入った。めぐむの声だ。
「三羽ルカって子、その近くに住んでたって。今住所データ送ったから。もうこれ以上邪魔しないでね、じゃ」
私たちが答える前にとっとと通信は切られてしまった。
不機嫌そうな声からも、よほど推しの配信を見たいのが分かる。
「まったく、どういう態度なんだ」
りゅうま隊長が険しい顔で自分のブレスを睨みつける。
「しかし仕事は早いでござるよ、この短時間でもう調べ上げるとは」
実際、すごく早い。
名前の情報一つだけでたった数分で住所を特定するなんて、並大抵のことでは無い。
「とにかく送られた住所に行ってみましょう」
そういうと、りゅうま隊長は首を横に振った。
「いや、ここはイエローとあずき、二人で行ってくれ。俺は回収した遺留品や怪人の体組織を本部に届けてくる」
「了解しました。行きましょう、いとしさん」
「よう、分からんが、気をつけいな〜」
そういってお爺さんはこちらに手を振ってくれた。私たちはお爺さんに別れを告げ、三羽ルカちゃんの住んでいたとされる家へ向かった。
◇ ◆ ◇
私たちは現場から少し離れた、ある一軒家に到着した。
表札には確かに「三羽」と書かれている。
インターホンを鳴らすとすぐにドアが開き、四〇代前後と思われる女性が顔を出した。
その顔は酷くやつれ、目は真っ赤に腫れ上がっている。
「警察の方ですか? 娘は見つかったんですか!?」
どうやら娘が行方不明になったことで被害届けを出していたようだ。
今からこの方に真実を伝えなければならないことが、とても苦しい。
それでも私は重い口を開いた。
「三羽竜子さんですね? あなたに、大切なお話があります」
◇ ◆ ◇
私たちは三羽家のリビングに案内された。
広いリビングの中央にあるテーブルの周りには大きい椅子が二つと、子供用の椅子一つが置かれている。その大きい方の椅子の一つに竜子さんが座っている。
私はそんな竜子さんのすぐそばに立って、全てをお話した。
怪人に襲われた可能性があること。
衣服だけが現場に遺されていたこと。
事件の全容を調査するためにやってきたこと。
そして、確認のために事件現場に遺された衣服の実際の写真も見せた。
竜子さんはリビングの椅子に座ったまま、頭を抱えて泣きじゃくった。
最愛の一人娘を失った悲しみは、とても計り知れない。
「ゴールドファイブの一人として、あなたの娘さんを守れなかったことを、謹んでお詫びする。申し訳ない」
いとしさんとともに、私は深く深く頭を下げた。
頭を下げたところで、許される訳でも、ルカちゃんの命が帰って来る訳でもない。
それでも、私たちには、ただ頭を下げることしかできない。
「頭を上げてください」
そう促され、ゆっくりと顔を上げると、竜子さんは娘のルカちゃんのことを話してくれた。
「あの子は、とても元気で、天真爛漫で、いい子でした。昨日は……昨日はあの子の五歳の誕生日だったんです」
確かに、リビングの壁には「HAPPY BIRTH DAY」の形のバルーンがくっついていて、テーブルの上にはケーキの箱と皿やフォーク、マグカップがそのままの状態で残されている。
「その写真の服も、私が昨日、娘にプレゼントしたものなんですよ。本当に喜んでくれて……『気に入ったから、今日はこの服を着て寝る』って聞かなくて……」
竜子さんの声がだんだんと掠れていく。
「それなのに、朝、目が覚めたら居なくなってて……」
そう話しながら、竜子さんは嗚咽を漏らし続ける。
「あずき、もう帰ろう。これ以上は、竜子さんを苦しめるだけだ」
いとしさんが小声で私に囁く。
「はい……、ひゃっ!」
帰ろうと踵を返したとき、思わず私は声を上げた。
足に妙なベタベタした感触を感じたのだ。
「なんだ? 急に」
私はその質問に返事すらせず、かがみ込んで今踏んだ床の臭いを嗅ぐ。
見ると、その近くにテレビのリモコンと、なにやら内側が黄ばんだコップが落ちている。
「……この臭い……オレンジジュース?」
妙だ。テーブルは奥にあるのに、そこから少し離れた床にジュースの染みがある。
私はテーブルの方へ近づき、マグカップの中を確認した。
「オレンジ色じゃない……? すみません! 昨日ケーキと一緒に飲んだ飲み物って?」
竜子さんが、掠れた声で答える。
「牛乳です。あの子はケーキやお菓子を食べるときは絶対に牛乳を飲む子でしたから。オレンジジュースはのどが渇いたときにしか……」
私の中に一つの仮説が生まれた。確かめるには台所に行く必要がある。
「ちょっと台所見ても良いですか?」
「ええ、良いですけど」
「おい、急にどうしたでござるか」
いとしさんの質問を無視して、私は台所に走る。
私の思った通りだ。冷蔵庫の前には踏み台が置かれている。
私を追いかけて、いとしさんも台所へやってきた。
「どうしたでござる! ちゃんと説明するでござる!」
私は振り向いて、その目を見て答えた。
「戦隊さん、この事件の犯人、怪人じゃないかもしれません!」
〈つづく〉
推理パートはここまで、次回解答編です。




