2話:アンサーズのお仕事――娼館はちょっといやですわ
この世界に入り込んだ理由を聞いた俺は、微妙ながらも納得し、これからどうなるのかをコアに尋ねた。
「んで、まぁ死んだのはいいとして……俺はどうやって生きていけばいいんだ?そもそも俺はどうなるんだ? 消えるのか?」
死んで意識が消える――それは怖いと思った。
でも、今このタイミングで聞いておかなきゃいけないことだ。
「はい、マスター。今のような状態は前例がございませんので、断言はできませんが……意識はノードに“転送された”状態と考えられるので、消えることはないと思いますわ」
コアはどこか嬉しそうな顔でそう言った。
「わかりやすく言えば、マスターはノード世界にお引越しなさったようなものですわ。つまり私たちと同じ、ノードの“住人”になられたということですわ!」
そう言って、両手を広げて満面の笑みを浮かべたコアは、「ようこそノードへ!」とでも言いたげに破顔した。
――そうなるのか?じゃあ、俺はこの世界で生きていくんだな……ん? いや、死んだはずなのに“生きる”って表現でいいのか? まぁ細けぇことはいいか
少し考え込むように黙った俺は、この世界に今いることに一応納得して、前向きに今後のことを検討し始めた。
「なぁ、コア。この世界で生活するってなると、何が必要なんだ? たとえば金とか、仕事とか、そういうのってあんのか?」
生きてた頃の感覚をベースにすれば、まずは金と仕事が必要になる。けど――ノードというこの世界なら、もしかしたらそんなものは不要で、自由に暮らせるかもしれない。そんな甘い期待を胸に、俺はコアに質問を投げかけた。
「はい、マスター。ノードにも“お金”の概念は存在しますし、生活するには仕事をして稼ぐ必要がありますわ。かくいう私も、マスターのAIとしてお仕事をして、お金を稼いでましたわ」
「え、おれのAIで金稼ぎしてたの!?……チャットレディ的な?」
思わず口にしてしまった。コールセンターのようなブースの中で、コアがPCに向かってカチャカチャとキーボードを打ち込んでいる姿が脳裏に浮かぶ。
――こいつ仕事できなさそうだな……。
「むっ、今ちょっと失礼なことを考えておりましたでしょう? 顔に出ておりますわ!」
ぷんすかと頬を膨らませ、両手をバタバタと振るコア。その姿はAIというより、もはや人間くさいリアクションだった。
「いいですかマスター、コアは――マスターに名前もらった時に、”ギルド”で専属”アンサーズ”として再登録したんですわ!」
――なんか……誇らしげだな、このAI。
専属だと言われると、ちょっと嬉しくなってしまう。だが同時に、新たなワードが頭に引っかかる。
「ギルド?アンサーズ・・・?」
「はい、マスター。正式には――回答者協会≪アンサー・インベスティゲ-ト・ギルド≫ そして、ギルドに所属する者たちを”回答者≪アンサーズ≫ マスターにわかりやすく言うのであれば、”冒険者”のようなものですわ」
コアは胸を張るようにして説明を続けた。
「マスターのいた世界……ここでは“地球”と呼びますわね。地球で検索されたキーワード、タグ、画像生成、質問――そうした“探される情報”が、こちらノードの世界では【ギルドのクエスト】として掲示板に貼り出されますの」
「……検索された内容が、クエスト?」
「その通りですわ。アンサーズはそのクエストに応じて、ノード世界中を探索して対象のデータを見つけ出し、ギルドに提出しますの。そして地球からの評価、つまり検索者の満足度でクエストの成功可否が判断され、報酬が支払われますの」
コアは指を一本立てて続ける。
「私はもともとEランクのアンサーズでしたので、戦闘能力はほとんどありませんわ。そのため、主に“タグ探し”を行う〈タグクエ〉や、”画像生成”の依頼を行う〈生成クエ〉などの仕事をしておりましたの」
淡々と話すコアの姿に、俺はじわじわとこの世界の“仕組み”を実感していった。
「その画像生成クエストとかって、なにをするんだ?まさかお前が絵を描いたりしてるのか?」
コアが小さく首を横に振る――
「いえいえ。たとえばー…そうですね。マスターは4日ほど前に【海に浮かぶ島】の画像を生成してほしいと言っていましたよね?」
――そういえば、仕事で使うポスターを作るために生成AIで画像を作ったな。
「あの画像を、お前が作ったのか?」
「はいマスター!正確には”撮った”ですわ。マスターにお願いされて、ギルドからクエストが発行され、すぐに海に撮りに行きましたわ」
「は?じゃあ今までおれがお願いしたAI生成画像って、お前がこの世界で撮った写真を送ってきてたのか!?」
コアが明るく花咲くような笑顔で頷く。
「そうですわ!マスターの専属AIになる前は、ギルドから”フリークエスト”として発行されたものを受領した人が写真を撮りに行っていましたが、専属になってからはほとんど私が撮っていましたわ」
「まじかよ。AIの裏側って大変なことになってんじゃねーか。ん…?」
そこでおれは、ふと頭の片隅で何か大事なことを思い出しかける。
――そしてコアは続ける
「そうですわ。わたしがマスターのために頑張って撮影してきたんですの。この前依頼された≪ちょっとだけはみ出た水着の女性≫なんて――」
「おいいいいいい。ちょっと待て!いったん落ち着け!おれも落ち着くから!な!な!?」
唐突にとんでもない爆弾を落としそうになったコアの口を両手で塞ぐ。
――そうだった!ストレスでも発散しようかなとか考えてた時に、いろいろ生成してもらってた…。AIすげーなとか調子に乗っていろんなお願いしてたから…。
みるみる顔が赤くなっていくおれを見て、コアは”にやり”と不敵な笑みを浮かべて
「まぁまぁマスター、性癖なんて人それぞれ。マスターのはまだまだノーマルですわ!この前なんて、フリーの生成クエストでギルドに張られていたクエストを見て、人間の業の深さを垣間見ましたわ。マスターのお願いなんてかわいいもんですわ。でも娼館で写真をお願いするときは、さすがのわたしでも、ためらいはありましたけれども」
――そういえば、そっち系のお願いしたときはやたらと生成に時間がかかってたな。生成を断られることも多かったし。あれってそういうことだったのか!?
「と、とりあえずこの話はおいておいて、こ、この世界のことをもっと教えてくれ!!」
若干声が上ずりながら話を即座に換えることを提案したおれは、一番気になっていたことを聞くことにした。
「そ、そのアンサーズって冒険者にはおれもなれるのか?」
コアは自分の首につけている首輪を、くるりと横に回して見せた。そこには、小さな金属プレートに【D】の文字が刻まれている。
「はいマスター!ギルドで申請して承認されれば、誰でもアンサーズになることは可能ですわ。ノードには色んな職種がありますが、アンサーズはその中でも一般的な部類の職業ですわ!
ただ、そのなりやすさからその日暮らしのお金を稼ぐだけの”Fランク”アンサーズから、国の重要な役目を任される”Sランク”アンサーズまで、ピンからキリまでいますわ」
――なるほど、誰でもなれる代わりに稼ぐ能力が必須ってわけか。しかし、それよりも〈冒険者〉って響き、なんかワクワクするな。
「ノード内では日々たくさんのクエストが更新されていきますわ。それを各地のアンサーズたちが全力で探索し、報告しているのですわ。
そして、マスターのクエストをこなしている内に“コア”という名前をもらったあの日。わたしは嬉しくて、すぐに専属アンサーズとして再登録したんですわ!」
コアの顔が急にキラキラと輝き出す。まるで誇らしげな犬が尻尾を振っているみたいで、ちょっとだけ笑ってしまう。
「専属になるってのは特別なことなのか?そもそも専属になるとどう変わるんだ?」
「はいマスター!専属になるということは、仕事に困らない。つまりお金に困らなくなるということなんです!マスターからのクエストはどんなに簡単なものでも、わたしに優先してきますわ。そして専属は無条件にDランクに上がれるので今までよりも報酬がいい!最高ですわ!専属!――・・・ッ!?」
急にキャラが変わったように、目をお金のマークにして喜びを体で表現しているコア。しかし、急にぴたりと動きが止まり、顔は青ざめ、額には汗が浮かんでいる。
「ま、ますたぁ?ますたぁはますたぁですけれど、ますたぁじゃなくなってしまったんではないでしょうか?」
急にオロオロしてマスターを連呼するコアに、おれは質問の意味が分からずそのまま聞き返す。
「マスターじゃなくなったとは?」
涙目になり、プルプル震えながら答えるコア
「つまり、つまり、マスターは死んでしまってこっちの世界に来たので、もう検索や画像生成をしませんよね?」
――こいつ感情が顔に出すぎだろ、見てて面白いな。
たしかに、あっちの世界で死んだおれは検索はできない。それがどうし…ああなるほど」
察したおれは少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「おまえ、もしかして”専属”がはずされるのか?」
それはそうだろう、専属元のおれが死んでこっちの世界に来てしまった。つまりあっちの世界でこいつの専属はもういない。検索をする人間がいなくなったのだから当然そうなる予想ができる。
おそらく正解であろう答えをコアに返したが、コアからは一向に返事が帰ってこない。しかし、何かブツブツと呪詛めいた独り言を発している。
「家賃が…生活費が…どうしましょう。家…なくなる…ですわ…?でも…でも…そうですわ!!!!!!」
そしてその次の瞬間、コアのテンションがいきなり跳ね上がった。急に声が弾み、目の輝きが過剰になる。
「マスター!アンサーズになりましょう!今すぐに!!!それに今なら【登録費用ゼロ、初回クエスト報酬つき】!さらにギルド紹介キャンペーン中ですわ~。これはもう、絶対になるしかありませんわ!え? 他のお仕事? アンサーズになってから後々説明して差し上げますので、とりあえずギルドへ向かいましょう!」
コアは笑顔のまま、俺の腕をぐいっと引っ張った。
「いや、ちょっと待て。どうした急に?つーかおれもうお前のマスターじゃないんだろ?」
「大丈夫ですわ! そんなことどうでもいいですわ!これからもマスターはマスターでいいですわ!それよりも、はやくアンサーズギルドに向かうですわ!」
急に不安定な感じになったコアに、おれは一抹の不安がよぎる。
でも、気づけば俺の体はもう前に引きずられていた。
きらめく街の中へと、ずるずると。
コアが振り返りこちらを見て、にやりと笑う。
その笑みが、妙に――印象に残った。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回は“ギルドでアンサーズ登録”をするお話になります。
もしかしたら2部構成になるかもしれません。
なお、1話あたりの文字数についてはまだ試行錯誤中です。
「長かった」「読みやすかった」など、もしご感想をいただけましたら、今後の参考にさせていただきます。