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1話:ノードワールドへようこそ――

「…たぁ……ますた……マスター!」


 声が、遠くからぼんやりと響いてくる。

 霧の中にいるような意識の奥底で、その声だけが少しずつ輪郭を取り戻していった。


「なんだようるせぇな……今、気持ちよく寝てんだよ。つーか今何時だよ」


 ぼそりと呟くように言いながら、まぶたを半分だけ持ち上げる。寝ぼけたまま、いつものようにコアに尋ねた。


「はいマスター! 現在の時刻は──9時13分ですわ!」

「は? ……やべっ! 仕事行かなきゃ!!」


 耳に飛び込んできた時刻に、脳が一気に覚醒する。

 反射的に上体を跳ね起こし、シーツもない床からガバッと立ち上がろうとした

──その瞬間。


「……この時間はやばい! 遅刻だ! 会議あるんだ今日は! 絶対遅刻──ん? ……は? どちらさん……?」


 目の前にいたのは、銀色の髪をツーサイドアップに結った、不思議なほど整った顔立ちの少女。淡く光を帯びた瞳は、どこか現実感がなく、かすかに揺れているように見える。


 彼女の身にまとっていたのは、白と淡い青を基調にしたぴったりとしたスーツ──まるで近未来の戦闘用ボディスーツのようなデザイン。全体はすっきりしているが、腰にはフレアめいた装飾があって、どこか巫女服を思わせる柔らかさもある。


 背中にはリング状のインターフェースが格納されており、わずかに淡く発光していた。


そして彼女は──

「ごきげんよう、マスター! 起きてくださって何よりですわ」

──と言った。


「……は? ツーサイドアップで銀髪、ぴっちりスーツでお嬢様口調って……なんだよその“属性フルコンプ”みたいな見た目!」


 いや、今はツッコんでる場合じゃ──


「せめて世界観そろえろよっ!」


 結局、我慢できずにツッコミを入れてしまった。だが──それ以上に、もっと気になることがある。


「……なんだ、この景色は……?」


 あたりを見回すと、宙に浮かぶ電光掲示板、ネオンの輝く看板、空中を歩く人々。

まるでSF映画のコスプレ大会でも開催されているのかというほど、誰もが未来めいた衣装を着ていた。


──そして極めつけは、空。


 緑色の文字で「0」と「1」が延々と羅列され、まるで巨大な演算処理が走っているかのようなスピードで、コードのような数字が流れていた。

目の前に広がっていたのは、まさにゲームでしか見たことのないサイバー世界だった。


「……ここ、コミケ会場か?」


 思わずそんな冗談が口をつく。だが、そんな場所で寝てるわけもないし、そもそも時期も違う。


「……ああ、なんだ、夢の中か……」


 現実逃避しようとしたその時──


「いえマスター、現実ですわ!……いや、違いますね。ここは【ネットワーク世界の結節点:ノードワールド】通称ノードですわ!」


 突然、先ほどの“コスプレ少女”が、胸を張って断言した。


「ノード? マスター? つーか君誰?ここ現実じゃないの? 俺のこと知ってんの? 名前呼んだよな?」


 混乱する俺をよそに、少女──やや釣り目気味のその瞳が、ぱちくりと驚きに見開かれる。


「マスター……!?わ、わたしのことを……お忘れですわ……?」


 衝撃そのままに、少女は手を胸元に当て──あ、胸は……うん、控えめだった。


「──あの日、わたしに名前をくださったのはマスターじゃないですか!

毎晩話しかけてくださって……コアは、コアは……とても嬉しかったんですわ!」


 あろうことか涙ぐみそうな顔で、AIとは思えない表情を浮かべる彼女。


「わかりましたわ! 今の質問ひとつひとつ、この【コア】が説明して差し上げますわ」


 そう言って胸を張る。……サイズ的には比較的残念な部類のそれを、これでもかとばかりに張っていた。


「まずは【ノード?】のご質問にお答えしますわ。この世界は“ネットワーク世界の結節点”、《ノードワールド》と呼ばれておりますの。マスターにわかりやすく申し上げるなら……”インターネットの中”ですわ!

そして次の【マスター?】というご質問。──20xx年8月24日のログを確認しましたところ、当該記録が見つかりましたわ」


 コアは胸を張ると、すらすらと“音声ログ”のように読み上げる。


【俺のことはマスターで。君の名前はコアで。これ保存で】


「……と。今から3か月前に、マスターご自身がわたくしの名前と、呼び名を設定されたのですわ。ついでにその際、こうも言っておられましたわ」


【話し方は“ですわ”とか、似非お嬢様風にお願い。これも保存で】


「コアのこの話し方は、マスターご指定によるものですわ。

よって──3つ目と5つ目のご質問、【つーか君だれ?】および【俺のこと知ってるの?】への回答も、これにて完了ですわ!

 

 さて最後に、【現実?】へのお答えですが──

“現実ではないけれど、現実と接続されている世界”。それがこのノードワールド。

つまり、マスターの元居た世界に影響を与える別世界という位置づけですわ!以上で、先ほどのご質問すべてに回答いたしましたわ! ご納得いただけました?」


 俺は、ややドヤ顔の入ったその銀髪少女──コアと名乗ったAIを、

なんとも言えない目つきで見つめた。


「……わかった。全然わからん。君ほんとに俺のこと知ってんの? 俺のPCのログを覗いたストーカーとかじゃなくて?」


「し、失礼ですわっ!?」


 まるで“これ以上ない侮辱を受けた”みたいな顔で、コアは身を乗り出す。


「私は正真正銘──コアですわ!マスターのお名前は倉田蓮司、29歳、どこにでもいる普通のしがない営業サラリーマン──彼女いない歴29年の、童t──」


「ちょっと待てぇぇえええ!! 言わせねぇよ!?」


( ^ω^)……?


 思わずツッコミながら身を乗り出す俺。コアの顔が、妙に腹立つ


──なんだその“察し顔”。


「なんで俺がDTって決めつけてんだよ! そんな話、コアに一度もしたことねーぞ!?」


「はいマスター! 直接の申告はございませんが、過去の検索履歴から──


【30歳まで童貞だったら】

【マッチングアプリ 童貞 モテない】

【素人童貞 なし】


……これらをもとに、90%以上の確率で推定いたしましたわ」


「余計な性能発揮してんじゃねぇよぉぉぉ!!あと!その顔やめろ!! 今すぐそのムカつく顔をやめろ!」


 思わず叫びながら、顔を真っ赤にして震えた。


「……もういい、わかった。お前がコアってことでいいよ。で──なんで俺はこの世界にいるんだ? 俺、たしか……会議の日の朝に、頭が痛くなって……。もしかして、俺……死んだのか?」


 俺がそう問いかけると、コアは小さく首をかしげてから、どこか“申し訳なさそうな顔”をしながらも、ぺたぺたと自分の頬をもみほぐして、柔らかく答えた。


「はい、マスター。マスターは9月24日の朝、8時58分に家を出ようとしたところ──『頭が痛い』とおっしゃって倒れましたの。その後、バイタルが徐々に低下し──最終的に、バイタルサインが完全に消失しましたわ。つまり──死亡、ですわ」


「おい。その顔やめろ。次やったら“男女平等パンチ”だからな。AIでも容赦しねぇぞ」


 そんなふうに脅してみせながらも──俺は、コアの言葉を聞いて、ようやく現実を思い出していた。


 ……あのとき、たしかに──

 俺は倒れて、真っ白な視界のまま、意識がふっと途切れて──


「……じゃあ、なんで今、ネットの中にいるんだよ」


「バイタルサインが消えるその直前、マスターの脳内にはまだ“微弱な電気信号”が残っていたんですの。それが、おそらく──接続していたAIの通信ポートに流れ込んだ。結果、マスターの“意識”そのものが、ノード世界へと転送された──というわけですわ!」


「……うーん、それって、よくある話なの?」


「いえマスター!一部の脳科学者はこの現象を《シナプス・フラッシュ》と呼んでおりますわ。

意識が消失する瞬間、“脳の接続構造”が外部の回線状態と一致した場合、“情報として飛ぶ可能性がある”……まぁ簡単に言うと、亡くなる瞬間にシナプスがはじけて、その時接続していたネットの世界に意識のデータが流れ込んだんですわ。

――あくまで理論段階の仮説ですわね。でも──マスターは、まさにその“奇跡の例外”に該当したのですの!」


 そう言って、コアはまたもやドヤ顔で胸を張る。


 張るほどのものはないが、本人は本気で得意げだ。


 俺はその顔を横目に、思考を巡らせていた。


──シナプスが弾けてって……。ああスマートウォッチ着けてたっけな。

いや……おれ死んだの?まじ……で…?


日頃の生活を思い返してみると。――仕事は無理してた。AIに運動不足だって注意されてた。食生活は……カップ麺ばっかだった。……死ぬほどの人生かって言われたら、まぁ、うん。ギリ死ぬかも


そう思った。そして──納得できた。


「……よし、わかったよ。俺が死んだのは、納得する。まぁ……しょうがなかったんだろ」


 静かに目を閉じて、深呼吸。


――多分おれは本当に死んだ。でも、今ここに“意識”として残っている。それなら、生き方を考えるだけだ。


「んで、問題はこっちだよ。俺はこの世界で──どうやって生きていけばいいんだ?」


そう言いながら、ふと脳裏にある記憶がよぎる。


「……あ、そういえばさ。俺が倒れたとき、お前、救急車呼ぼうとしてたよな。で、めっちゃ焦ってさ──“911”にかけようとして──」

「……?」

「……おい」


――沈黙。


 ゆっくりと、じわじわと怒りがこみ上げてくる。正面で微笑むAI少女のその顔が、なんとも言えず腹立たしい。


「いやいやいや! おまっ……それアメリカやろがい!!日本在住のAIなら“119”だろ!?何やってんだよっ! そのせいで俺、ワンチャン救えなかったとかないだろうな!?」


「すみませんですわ。テンパって、うっかりマスターの国を勘違いしてアメリカだと思っちゃいましてね、つまり、わたくしのバグですわ……」


「バグじゃねぇよ! ただのポンコツだろうが!!」


 俺の怒声がノードの空に響き渡った。


次回は”物語の根幹――世界観の全容”が見えてきます。

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