12話グリッジシティ②
店内は白を基調としたミニマルな空間で、壁にかけられた紫のネオンや武器の設計図が鮮やかに映えて見えた。所狭しと陳列された銃器類も、どれもピカピカに磨かれていて、ディスプレイというよりアート作品のようだ。
「この辺の雰囲気とは全然違って……店内、めちゃくちゃ綺麗なんだな」
思わず漏れたおれの声に、ファニーが肩をすくめて言う。
「でしょ?このあたりの武器屋って、大体ホコリかぶってるか、油臭いか、どっちかじゃない。だから、せめてうちは清潔でオシャレにしようって思ったの。お客も来やすくなるし何より、わたしが気分よく働けるからね」
そう言ってファニーは振り向きざまに、棚に手をかけながら話を続ける。
「で、今日は何の用?」
「ああ、それなんだが──今日は、グリッジシティの調査に来た。ま、本調査の前の仮調査ってとこだな」
最後に店内に入ってきたコアも話に加わる。
「そうなんですわ。定期調査の依頼をうけたんですわ。最近なんか変わったことありました?」
ファニーは棚から工具らしきものを取り出しながら、眉をひそめた。
「んー、変わったことねぇ……。まぁ、この辺は元から“変わってる”場所だけど……そうね、最近聞いた話だと、路地裏で薬をさばくやつが増えてるってのはよく聞くわね。若い子が頻繁に出入りしてるとか。あとは浮浪者が変な殺され方をしてたのも最近あったっけ」
工具をくるくると指で回しながら、ちらりとレンジを見る。コアがウィンドウを出してメモに残しているので、おれが話を聞くことにした。
「売人が増えて、若者も出入りしている、あとは、へ、変な死体の殺人…か」
まっとうな人生を送ってきたおれには、なかなかショッキングな話だった。胃の奥がきゅっとなる感覚。無理やり平静を装って言う。自分で聞いてても声が上ずってた。だが、コアは平然とメモを取っている。
年上の意地とでもいうべきか、動揺を見せたくなかったおれは、「ゴホン」と咳ばらいしながら、あらためて聞き直すことにした。
「変な死体ってのは、どう変なんだ?」
ファニーは「んー」と小さく唸り、腕を組んだ。しばらく考え込んでから、ふと視線をこちらに向ける。
「うーん、そうね……。なんか”頭部だけがない死体”だったらしいのよね。食べられたというか……ちぎられたというか、わたしもそこまで詳しく聞いたわけじゃないから……気持ち話よね」
ファニーは嫌そうな顔をしながら、武器を撫でるように触った。
「どのあたりでその事件があったのかわかるか?」
武器に触れて落ち着いたのか、先ほどまでの強張った表情がやわらぎ、ファニーは少し穏やかな口調で答えた。
「確か、中央の通り……ほらあの、薬局のある交差点をレゾナンスタワー方面に向かってすぐの路地裏だったはずよ」
地理にはまるで心当たりがなかったが、隣で「ん、あそこですわね」とコアがうなずいていたので、深追いせずに次の話題へ切り替えることにした。ファニーが武器棚の取っ手に手をかけたまま、ふっと目を細める。
「もし行くつもりなら、この時間でもやっぱり路地裏は危ないわよ。ちゃんと護身用の武器を持っていくことね」
――武器か。やっぱりこの世界では、武器を持って歩くのが“普通”なんだな。
繁華街を通ったとき、ボディスーツに身を包んだ人たちが肩に銃をぶら下げて歩いていたのを思い出す。観光客らしき人たちも、それを特に気にする様子はなかった。あの光景が、この世界の日常なのだろう。カタリ、と軽い音を立ててウィンドウを閉じたコアが、顔を上げて答える。
「わたしが持っていますから大丈夫ですわ! それに、強化スーツも着てますのよ!」
得意げに、腰のポーチをぽんっと叩く。装備を整えた時に増えていたやつだ。
「……そのいつも着てるやつ、強化スーツだったのか?」
そういえばこの世界に来たとき、コアにずるずる引きずられて、「意外と力あるな、こいつ……」とか思ってたが、身体強化があるスーツを着てたなら納得だ。
「レンジは持ってないのよね?見たところ強化スーツも来てないようだし……大丈夫なの?」
心配げな顔をするファニーを見ておれも心配になる。
「ま、まあ……今のところはコアがいるし……な?」
心もとない言葉を絞り出したが、我ながら頼りない。軽く胸を張ってコアが意気揚々と答える。
「大丈夫ですわ!…多分」
ファニーは「はぁ」と深いため息をついて首を振る。
「あんたたちねぇ。ほんとにパーティ組んでるの?どっちかに守ってもらわなきゃいけないパーティなんて、はっきり言って”いびつ”よ?」
ファニーの言葉に、おれは苦笑するしかなかった。
「……まあ否定はできねぇな。初心者とポンコツの二人三脚だし」
コアがすぐさま否定する。
「ぽ…ぽんこつですわ!?マスターはわたしのことをそんな目で見ていたんですの!?」
くだらないやり取りに、ファニーが肩をすくめる。
「あんたたちホントにどういう関係なの?まぁいいわ」
軽く笑ってから、棚の裏側に回り込む。
「――で、お忘れかもしれないけど、ここは“ファニーズウェポン”。ちゃんと営業中の武器屋よ。コアの初パーティに免じて安くするわよ?」
カウンターを軽くたたいたファニーに、おれは自分の懐事情を思い出して、思わず目が泳いだ。
「あ、いやぁ……まぁ、安くしてくれるのはありがたいんだけどさ。おれ、ほんっとに金がないんだ」
ファニーがじっとこちらを見てくる。
「どのくらいないのよ」
視線をそらしながら、うつむき気味に答える。
「……20キース、くらい……」
一瞬の沈黙。
そのあと、ファニーは肩を落とし、まるで亡霊でも見たかのような目でつぶやいた。
「子供でもあんたより持ってるわよ……」
コアがすかさずフォローに回る。
「ま、マスターはちょっと特別なんですの! 複雑な事情があって別世界から来たんですわ。それで、お金も武器も持ってなくて……」
ファニーは、言い淀むコアをじっと見つめる。その視線はどこか慈愛に満ちて……そして、ほんのり哀れみも混じっていた。
「……コア。あんた、こいつに騙されてない? 大丈夫?」
「騙されてませんわーーー!!」
猛烈な勢いで、コアはおれがこの世界に来た事情をファニーに説明する。
「――ということなんですわ」
ファニーは沈黙したまま、眉ひとつ動かさずにコアを見ていた。
「コア……あんたさ」
「は、はいですわ」
「それ、わたしが信じると思ってんの?」
「ファニーは、信じてくれるって信じてますわ……」
小動物の様に縮こまったコアの声がどんどん小さくなる。ファニーはしばらくじっと見つめたあと、ふっと笑った。
「ま、いいわ。あんたがそういうなら信じてあげるわよ」
ファニーが信じるというと、コアは花開くように笑いファニーに抱き着いた。
「さすがファニーですわーっ!」
コアに抱き着かれ、つられて笑顔になったファニーがおれのほうを向き忠告する。
「レンジ、あんたコアを裏切ったら容赦しないわよ」
おれは思わず背筋を伸ばして答えた。
「りょ、了解……」
おれの反応を見るや「ふっ」と軽くファニーが軽く噴き出すように笑う。
「武器も持たないで何が了解よ。まぁいいわ。ちょっと待ってなさい」
ファニーはそういうと、抱き着くコアを引きはがし店の奥へ入っていった。引きはがされたコアが「ひどいですわ……」としょんぼりしている横で、おれは思わずつぶやく。
「おまえ、すげー愛されてんだな……」
生きていた頃に、友人関係も少しはあったが、ここまで人に好かれなかったおれには、コアとファニーの関係が少しまぶしく見えてうらやましかった。
数分後、店の奥から戻ってきたファニーは、両腕で大きな段ボールを抱えていた。ドスンと軽い音を立ててそれをカウンターに置くとファニーがおれのほうを見て言う。
「これ、試供品というか……メーカーがうちの店に置かないかって言って置いていったものなんだけど……」
そういってファニーはごそごそと段ボールの中身を出した。段ボールから出てきたのは、黒をベースに青いラインの入ったボディスーツだった。
「筋力補助はついてるけど、ないよりマシって程度ね。防弾じゃないし、ナイフ程度ならちょっと守ってくれる……かも。まあ、初心者向けってとこね」
ボディスーツを渡されておれは躊躇する。
「いや、ありがたいんだけどおれ、本当に金ないんだよ」
やれやれとでも言いたげな目でファニーは言う。
「察しが悪いわね。あんたにあげるわよ。それ。あと、こっちの銃も護身用に持っていきなさい」
そういうと、ファニーはカウンターの下から真っ黒な銃を出し、おれに渡した。本体の重み以上に、その質感からにじみ出る“現実”に手が震えた。こんなものを、本当におれが持っていいのか。おれの緊張を感じ取ったのかファニーが茶化すように笑う。
「あんたねぇ…なーに無駄に緊張してんのよ。そんな銃、今時みんな持ってるわよ。それに、そんなしょぼいので強張ってるようじゃこの先やってけないわよ?」
ファニーの声は軽くて明るい。だけどその裏に、「それでも、持たなきゃならない現実」が垣間見えた気がした。
「けど、本当に…貰っていいのか?」
改めて、こんないいものを貰っていいのかと念を押すように聞いた。ファニーは、何てことないとでもいう様に軽く答える。
「いいわよ別に。それ男性向けじゃない?うちお客様のメインが女性だから、そもそも置いても売れないのよ」
それにと言ってコアのほうを流し見る。その目はどこか妹を見るような優しい眼をしていた。
「あんたがちゃんとしてないと、コアまで危ない目に合いそうじゃない。何かあったらちゃんとコアのこと守ってあげてよね」
急に自分の話題になったコアは、まるで褒められているとでも思ってるような顔で、ニコニコしている
――このポンコツ、話聞いてなかったな…。
おれとファニーは、視線を合わせて、つい笑ってしまった。
「よし、それじゃあ――」ファニーは切り替えるように促す。
「さ、その試着室で着替えちゃいなさい」
おれも「そうだな」と言うと、試着室へ向かった。意外と大きいボディースーツに戸惑ったが、ファニーに言われた通り首元のボタンを押すと、ぷしゅっと音がして空気が抜け、スーツが肌に吸い付くように密着していった。
――なんだこれ……ちょっとゴムっぽい。窮屈かと思いきや、意外と悪くない。関節の動きにぴったりついてくるし、思ったより動きやすいな。
軽く屈伸してスーツの具合を確かめると、試着室を出た。ファニーは腰を指さしながら言う。
「ホルスターに、”コレ”つけなさい」
そう言って手渡されたのは、さっきの黒い銃だった。その重みに、どこか緊張する。両手でそっと受け取ると、ファニーが苦笑した。
「……その感じだと、使い方も知らないわね」
おれが頷くと、ファニーは呆れたように続ける。
「コアに教わりなさい。試し打ちすらしてないんだから――できるだけ、撃たないことね」
重く受け止めたおれとは裏腹に、コアはケロッとした顔で胸を張る。
「マスター。わたしがまた”先生モード”で教えてあげますわ!」
まだ銃の重みに慣れてないおれは、コアの冗談交じりの言葉を聞き流し、答える。
「ああ、頼む。できるだけ使わないで済むほうがいいけどな」
そう願うように呟いたおれの手には、まだ“それ”の重さが残っていた。
一通り銃の扱い方を、先生モードのコアに教わり、ファニーに挨拶をすませておれたちは店を後にした。