10話:牧場――ふわふわモフモフを探せ!
牧場に着いたおれたちは、さっそく目的の牛――【#牛 #長い角 #前髪 #金髪 #牧場】――を探し始めた。
「よっしゃ、それじゃあ探しに行くか。しかしまぁ……こんだけ敷地がでかいと探すの大変だな」
目の前に広がるのは、地平線まで届きそうな緑のじゅうたん。
柵の向こうでは、牛や馬、羊が自由に歩き回っていて、まるで動物たちの王国だ。
「なあ、コア。まず厩舎に行って、職員に聞いてみたほうが早くね? こんな牛が本当にいるのかって」
この中から目当ての“牛”を見つけるのは、正直言って骨が折れる。
そもそも、そんな牛が本当に“いる”のかどうかすら確定していないのだから。
「そうですわね……。確かに、“存在するかどうか”という不安は、最初に解消しておきたいところですわ」
コアは眉根を寄せ、視線を牛たちの群れにさまよわせた。声に、ほんの少し歯切れの悪さが混じる。
それも無理はない。目の前の牧場は、昨日歩き回ったヴァルスマートよりも確実に広い。
そして何より、牛と馬が入り乱れている。ざっと見ただけでも、牛の数は二百頭を軽く超えていそうだった。
牧場の中腹には、古風な赤い屋根の小屋の横に、大きな半円形の建物がある。
その建物の上部には、ホログラムで大きく【タパス牧場】と表示されていた。
さらにその横では、アニメ調にデフォルメされた牛と馬のホログラムが、カウボーイハットを被った男を”追いかけ回す”という謎のミニ演出を繰り返している。
「あれが厩舎だろう。この辺で一番、人がいそうな感じがするな」
牧場の中で唯一の、人工的な建物を指さして予想する。
「そうですわね。とりあえず、人に会わないことには始まりませんわ。 わたし、この中から手探りで探すのは……絶対に嫌ですわ」
コアが「うへぇ」と露骨に嫌な顔を浮かべ、おれにアピールしてくる。
その視線に押されるようにして、おれたちは牧場の中腹へと向かい始めた。
牧場は全体がゆるやかな丘になっていて、その中央には左右を柵に囲まれた一本道が建物まで続いている。
動物たちの視線を感じながら、俺たちは厩舎と思われる建物を目指して歩き出した。
厩舎に着いた頃には、おれは軽く息切れを起こしていた。
「はぁ…。やっとついたな。周りに何にもないから近く見えてただけだったな」
コアはというと、服の裾を払って髪を整える程度で、まるで散歩帰りのような顔をしていた。
若干疲れているおれを見て、コアは軽く笑った。
「マスターは運動不足ですわ。あちらの世界にいるときのマスターは全然運動していない様子でしたわね。わたし、この方大丈夫ですの?って心配になってましたわ。まぁ、案の定でしたけど…。」
辛辣な言葉を、涼しげな顔で言い放つコアが、手を口元に当てて、わざとらしく笑みを隠すふりをしてみせる。
「おまえ意外と言うときズバッと言うよな。」
軽口を言い合いながら、俺たちは頭上の建物を見上げた。建物の上部には、【タパス牧場】のホログラムが大きく光っている。建物は丸みを帯びた半円形で、その上半分には、曲線に沿うように三段の窓が並んでいた。
正面には、トラックがそのまま入り込めそうなほど大きな扉と、その半分ほどの自動ドアが控えめに隣り合っている。どこか未来的でありながら、牧場らしい素朴さも残していて、不思議な雰囲気を醸している。
「あそこから入れそうだな」
自動ドアのほうを指さしながら、俺たちはそちらへと歩き出す。
通りがかりに、大きな扉の中をちらりと覗くと、そこは吹き抜け構造になっていた。
壁に沿って、螺旋状の自動レールがゆっくりと上へと伸びており、途中の階で分岐するような仕組みになっている。
トラックから降りた動物たちが、そのレールに誘導され、各階で降ろされていく。 どうやらこの施設では、動物たちを階層ごとに自動で振り分けているようだった。トラックから降りた牛や羊たちが、まるでテーマパークの乗り物みたいに列を作ってレールへと進んでいく。
コアがそれを見て、ぽつりと漏らした。
「……あの動物たち、わたしたちより行動が整ってますわ」
苦笑しながらその場を離れ、大きな扉の前を通り過ぎて自動ドアをくぐる。 中はすっきりとした内装のロビーのような空間で、目の前にホログラムの案内が浮かび上がった。
【事務室はエレベータで4階へ】
表示を確認したおれたちは、スケルトン構造のエレベーターに乗り込んだ。内部は無機質なガラス張りで、周囲の吹き抜け構造がすべて見渡せるようになっている。「4階」と声に出すと、音声認識に反応してエレベーターが静かに動き始めた。
ゆっくりと、滑らかに上昇していく感覚とともに、ぐるりと螺旋を描くレールや、移動する動物たちの姿が視界の下に流れていく。やがて、小さな電子音が鳴り、4階に到着する。
扉が開くと、すぐ目の前には受付カウンターがあり、その奥には、まるで普通のオフィスのようにデスクが並んでいた。
作業着姿の人たちが黙々と作業していて、サイバーな世界観に似つかわしくないほど、どこか現実的な空気が漂っている。フロントには女性が一人座っていて、おれたちの姿に気づくと、手を止めて柔らかな笑みを向けてきた。
「いらっしゃいませ。こちらはタパス牧場事務室です。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
事務的な挨拶を受けコアが一歩前に出て返事をする。
「わたし達、アンサーズなのですが──本日はクエストで、牧場内の牛の写真を撮りに来ましたの。ご対応、よろしいですわ?」
そう言ってコアは、自身のネクサスリンクを軽くタップした。
瞬時に起動したホロウィンドウが、指先の動きに従ってスライドし、受付の女性へと送信される。
女性のネクサスリンクが反応し、空間に同じウィンドウが投影される。
中身をざっと目で追った彼女は、すぐにうなずいた。
「承知しました。それでしたら、見学用のパスを発行いたします」
コアと同じ仕草で、女性も指をスッとこちらへ滑らせる。
その動きに応じて、おれたちの前に新たなホロウィンドウが宙に現れた。
◆――【見学許可証】
「どういった家畜を撮影希望でしょうか?」
コアがすっとホロメニューを開き、レンジの顔を一瞥してから答える。
「【金髪の前髪を持った角のある牛】ですわ。そんな牛いますの?」
受付の女性が、少しだけ首を傾げた。
「……もしかして、“あのフサフサの子”ですか?」
コアが即答する。
「はい、それですわ」
受付の女性が、慣れた手つきでホロウィンドウを次々と操作していく。
「あの子は、たしか【ハイランド種】ですね。ふさふさで、かわいいですよね〜」
にこやかに言いながら、手元のウィンドウを横にスライドさせていく。
女性は一度、手の動きを止めて何かを確認するようにウィンドウを見つめると、すぐにうなずいた。
そしてこちらに向かって指を滑らせ、もうひとつのホロウィンドウを転送してくる。
「こちらが、該当の牛の所在エリアです。ハイランド種の子ですね。とても穏やかで、人懐っこい子なので──触っても問題ありませんよ」
ウィンドウを確認した俺たちは、受付の女性に軽くお礼を言って事務所をあとにした。
外に出たところで、もう一度エリアマップを開いて現在地を確認する。
「ここから……300メートルくらいか。意外と近いな」
画面に表示されたルートをたどりながら、俺は肩の力が抜けていくのを感じていた。
「割と簡単に見つけられそうでよかったな!」
「Eランクのクエストなんて、だいたいこんなものですわ。でも──」
表情を一転させ、真剣な目でこちらを見てくる。
「まだこの牛が正解かどうかは、提出してみないとわかりませんもの。油断は禁物ですわ!」
確かに、あくまで“おれたちの予想”に過ぎない。依頼者が本当に求めている画像は、もしかしたらまったく別のものかもしれない。
そう思うと──早く撮って、結果を知りたくなってくる。
「よし、じゃあさっさと撮って送るか!」
気合を入れ直すように言って、俺たちは目的の牛がいるエリアへと歩き出した。
目的の牛は──すぐに見つかった。……というか、いすぎた。
広々とした放牧エリアの一角に、ふさふさの金髪前髪を揺らす牛たちが何頭も群れていた。
どいつもこいつも角が立派で、モフモフ具合も申し分ない。
「マスター! ふわふわ、モフモフが……たくさんいますわっ!!」
コアの目が、完全に輝いていた。
「かわいいですわああああああ!!」
叫ぶやいなや、モフモフの群れに一直線。
ふわふわの金髪前髪牛たちに向かって、全力で突っ込んでいく。
「待ってくださいませ〜っ! 撮るだけですのよぉ〜っ!!」
だが牛たちは、明らかに警戒していた。
コアを一瞥するやいなや、一斉に「モォォォォ!」と声を上げて散開する。
モフモフの嵐が、コアを中心に爆発的に散っていく。
「──あっ!? ま、待ってくださいまし!! あなたたち触りたくて……っ、わたし悪い人じゃないですわ!!」
返事もなく、モフモフたちは遠くへと散っていった。
数秒後。
「……うぅ……ひどいですわ…」
コアが、肩を落としてとぼとぼ戻ってくる。さっきまでの“キラッキラのハイテンション”はどこへやら。完全に意気消沈モードだ。
すると、そのとき──
群れから少し遅れて、一匹の仔牛がコアのほうへと近づいてきた。まだ小さな体つきで、毛並みもふわふわ。金髪の前髪がぺたんと垂れていて、つぶらな瞳がまっすぐコアを見つめている。
警戒心などまったくない様子で、コアのすぐ目の前まで来ると、ぺろりと地面の草を食べ始めた。
「……マスター」
小さな声で、コアがおれを呼ぶ。
そっとしゃがみ込み、仔牛の様子をじっと見つめながら、囁くように言った。
「この仔……めちゃくちゃいい子ですわ。たぶん、逃げませんわ……」
コアも、どうやら学んだようだ。
今度はテンションを抑え、驚かせないように──そろりそろりと仔牛に近づいていく。
猫のように腰を落とし、慎重な足取りで草を踏む音さえ殺すような動き。
「大丈夫ですわ……あなたは、逃げませんわ……」
小さくささやくその声に、どこか祈りがにじんでいた。コアが、そっと手を伸ばし──仔牛の背中に、やさしく触れた。一瞬、仔牛の体がびくりと揺れる。 前脚が一歩だけ後ろに下がったが、すぐに気にしない様子で、また草をはみ始める。逃げなかった。
コアは、小さく息をのむと──ふにゃりと笑った。
「マスター!この仔、最高にかわいいですわ!写真撮ってくださいまし!」
ようやく牛を撫でることができたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。
コアの笑顔は、もう完全に緩みきっていた。
左手で仔牛の背中をやさしく撫でながら──右手では、頼まれてもいないのにピース。
撫でる手とポーズの落差が妙におかしくて、おれはつい苦笑いしてしまう。それでも、その顔があまりに満足そうだったから、思わずシャッターを切ってやった。
「コア、楽しそうにしてるところ悪いんだけど──」
おれはホロウィンドウを見ながら、ため息まじりに言った。
「次はクエスト用の写真撮るから、ちょっとどいてくれ」
コアは「えっ」と顔を上げ、ピースをしたまま静止する。
「……いまのは“提出用”じゃ、なかったんですの?」
「違うわ。ただのお前の記念写真だ」
しぶしぶといった様子で仔牛から離れたコアを確認した後に、ホロウィンドウに仔牛を収める。しかし、違和感を感じる。
「なあ、撮るのはいいんだけど──」
おれはホロウィンドウ越しに、背景を見て眉をひそめた。
「後ろの柵のホログラム、ガッツリ映り込んでるんだよな……。なんか、サイバーと牧場が混ざってて違和感すごいんだけど」
そう言うと、隣に立ったコアがネクサスリンクを起動した。
「それでしたら、レイヤーモードの変更をすれば大丈夫ですわ」
ウィンドウをおれの前に開いて、説明を始める。
「この“レイヤーモード”をタップして、カテゴリの中から“自然と動物”を選んでくださいまし。そして、除外の欄に【電子機器】という項目があるのでチェックを入れるんですわ」
コアが実演するように、手早く設定を切り替える。すると──さっきまで半透明に光っていたホログラムの柵が、質感のある“木製の柵”に置き換わった。
「……すげぇな、これ」
思わず声が漏れる。
その瞬間、ふと──死ぬ前に見たテレビCMのことを思い出した。
たしか、あれも背景を除去してくれる最新のカメラだったな。
――意外とこの世界にも、おれがいた世界と似た技術があったりするんだな。
ハイテクなサイバー世界と地球の共通点に感心しながら、おれは仔牛の写真を撮った。
「よし、撮れたぞ。じゃあ、ミネルバさんに送っちゃうな」
おれがそう言うと――待ってましたとばかりに、「おねがいしますわ!」とコアが明るく返事をし、再び仔牛のもとへ足早に駆け出していった。
飛びつくように仔牛に抱き着いたコアを横目に、おれは写真をミネルバに送った。
――ピコン
【オッケーよ!写真は問題なし、クエスト達成ね!もしまだ続けられそうなら、夕方までに終わりそうなEランククエスト、こっちでいくつか選んで送るわよ?】
初めてのEランククエストの達成が素直に嬉しい。
「コアー!写真はオッケーだってさ!ミネルバさんが時間あるなら、Eランククエスト選んでいくつか送ってくれるっていうけどどうするー?」
仔牛のふさふさに頬を埋めていたコアが、顔だけこっちを向けて叫んだ。
「もちろんお願いするですわー!!今日は稼ぎますわー、時間的にあと2つはいけますわー!」
勢いよく返ってきたその声に、仔牛が「モォォォ……」と小さく鳴いた。
おれは軽く笑いながら、ミネルバに返信を打ち込んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は【初Eランククエストのふわふわ回】でした。
次回はミネルバから送られてきたクエスト――【美少女を探せ!?】を投稿予定です。
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