第2話「婚約破棄イベント、私が言い返したら王太子が赤面しました」
「婚約破棄、やめたいだと……?」
クラリス、改め私がそう告げたとき、王太子アルバートの顔が本気で驚いたのは記憶に新しい。
──いや、普通は悪役が断罪されて泣き崩れるシーンだから、そりゃ予定と違ってびっくりするよね。
けれど私は“転生者”で、この乙女ゲームの全ルートを知っている。
(このイベントで下手に反抗すると、悲劇のヒロインルートが進行しちゃうから、スッパリ引くのが正解)
だから私は「わかりました。婚約破棄に異論はございません」と一歩引いた。
そう、堂々と、毅然と。
「……だが、アルバート殿下。公の場での破棄には、王家としての手続きと説明責任が求められるはず」
「え……あ、ああ。そ、それは……そうだな」
王太子は、明らかに焦っていた。
その隣にいたヒロイン・アリシアが小声で「えっ、こんな流れじゃなかった……」と呟いたのも聞こえてしまった。
(……アリシアちゃん、ごめん。君のイベント、潰しちゃって)
「それと、この件が事実無根であった場合、私の名誉はどうなるのでしょうか?」
私は続けて冷静に問いかける。
周囲の令嬢たちがヒソヒソと噂し始める。中には「クラリス様、あんなに理路整然と……」「いつもの高飛車はどこへ?」と困惑する声も。
そして、そのときだった。
「クラリス」
王太子アルバートが、急に私の手を取ってきた。
思わず肩を跳ねさせる。
「……?」
「すまなかった。俺は君を……誤解していたかもしれない」
(は????????)
「さっきの君の振る舞い、本当に立派だった。冷静で、気品があって……美しかった」
(いや待って、誰この人!?)
ヒロインを庇うどころか、こっちに恋し始めてる王子って何!?
顔を赤くして手なんて取ってこないでください。乙女ゲーでこんな分岐、なかったよ!?
「私、失礼いたしますわ!」
手を振りほどいて踵を返す。
背中に「クラリス!」と呼ぶ声が響いたけど、振り返るわけにはいかない。
(やばいやばい、完全にルートがバグってる!)
このままじゃ攻略対象全員が……。
「ふふ、さすがはクラリス様。やはり面白いお方だ」
え、また誰!?
見上げれば、今度は長身の青年騎士――騎士団長ルーク・グレイフォードが、にこやかに私を見つめていた。
「よければ、次は私が護衛につきましょうか?」
「いえ、遠慮し――」
「……貴女の剣になりたいのです。クラリス様」
(こっちも落ち始めてる――!!!)