番外編『悪役令嬢クラリス、料理を学ぶ――“胃袋攻略ルート”発生中?』
逃亡生活が板についてきたある日。
私は村の市場で、見知らぬおばあさんに声をかけられた。
「ほほ、あんた、あの“姫様”かい? 恋人四人に囲まれてるって噂の」
「ちょっと待ってください!? 恋人じゃなくて逃亡先の知人たちですから!」
だがおばあさんは気にも留めず、無慈悲に言い放つ。
「若い男を落としたきゃ、腹を掴めって昔から決まってんのよ。料理、できるのかい?」
「……目玉焼きが、焼けるような、気がします」
「“焼ける気がする”は料理じゃないよォ!!」
というわけで始まった。
クラリス、村の料理道場入り。
「まずは包丁の握り方からだねぇ」
「うまいうまい、野菜が床に飛ばなきゃ上出来だよぉ」
「洗米の水が赤ワイン色なのは何があったのさ!?」
村の“台所の魔王”たちに囲まれながら、私は毎日、野菜を刻み、味を見て、焦がして、泣いた。
そんなある日の夕暮れ。
厨房で完成した“クラリス特製煮込みスープ”を皿に盛っていると――
「……いい匂いだな」
ふと、背後から聞こえる声。
振り返ると、そこに立っていたのは――ルークだった。
「試食、してもらっても……いいですか?」
「ああ。喜んで」
スプーンを手渡すと、ルークは静かに一口すくい、口に運んだ。
「……」
「……どうですか?」
「――うまい。すごく」
ぱあっと顔が明るくなったその瞬間、
扉がバタンと開いて。
「クラリス様、これが噂の“胃袋狙い作戦”ですか?」
シリルが涼しい顔で現れる。
「その魔力は……ジークですか!?」
さらにジークまで乱入!
そして――
「え、何? 飯? 俺も食べていい?」
アッシュがちゃっかり木の椅子を引いて座っているではないか!
こうして私は――
胃袋まで攻略対象たちに囲まれるという、新たな修羅場イベントを迎えることになった。
「……次は、デザートも作ってみようかな」
小さな恋とスープの香りを、ぐつぐつと煮込みながら。
私の逃亡生活は、まだまだ続くのであった。