第10話:最後の選択肢と、まだ言葉にできない私の答え
逃げてきた村で、私はまた選択を迫られていた。
騎士団長ルークのまっすぐな忠誠。
魔術師ジークの静かな情熱。
宰相の息子シリルの軽やかで深い愛情。
そして、村の青年アッシュの優しさと、“選ばせてくれる自由”。
選べない。どれも正しくて、どれも重たくて、どれも大切で――
私は今、ゲームのヒロインでも、悪役でもない、“ただの私”として迷っている。
その日、村の大広場に、五人全員がそろった。
まるで舞台のように、整然と並ぶ彼ら。
そして中央に立たされた、私――クラリス。
――いや、“リス”でいさせてほしかった。
「クラリス様、そろそろ……ご自身の意思を、聞かせていただけますか」
ルークが静かに言う。
「このまま、誰も選ばないままじゃ、前に進めない。君自身が、苦しむだけだ」
シリルの声には、焦燥と優しさが混じっていた。
「今のあなたなら、もう“逃げる理由”はありません」
ジークの言葉は、強く、でも優しかった。
「俺は、誰にも勝てないかもしれないけど……
でも最後まで、あんたの味方でいたいって思ってる」
アッシュは、変わらぬ笑顔で、私の目を見た。
選択肢は四つ。
いや、本当は無限にあるのかもしれない。
だけど――今、私は、ひとつの答えに近づいている気がした。
(私は――誰かの愛を拒むことで、自分を守ってきた)
でも今の私は、あの“悪役令嬢クラリス”じゃない。
どこかで道を踏み外し、破滅ルートを避け、
それでもこうして、大切な人たちに囲まれている。
“ゲームのシナリオ”なんて、もう関係ない。
これは、私の人生だ。
私はゆっくりと、彼らを見渡して――口を開いた。
「ごめんなさい。……まだ、答えは出せません」
瞬間、空気がぴんと張り詰めた。
「でも、それは――誰かを傷つけたくないからじゃない。
自分に嘘をつきたくないから。だから、ちゃんと考えたいの。
“誰といる自分”が、いちばん自然に笑えてるのか」
私は微笑んで言った。
「……もう少しだけ、わがまま言ってもいいですか?」
彼らは一人ずつ、頷いた。
「はい、クラリス様のわがままなら、いくらでも」
「僕は“クラリス様と過ごす日々”こそが、答えだと思ってますから」
「魔力の揺らぎが収まるまで、観測を続けます」
「俺、ずっと待ってる。選ばれなくても、何回でも惚れるからさ」
私は、今はまだ選べない。
けれど確かに、心が少しずつ動き出している。
これはもう、“誰かのルート”じゃない。
“私だけのルート”なんだ。