第9話:私を選ばない自由をくれる人が、いちばん優しいなんてズルい
アッシュの言葉が、胸の奥でずっと響いている。
――逃げる場所、俺のとこでもいいぜ?
それは、他の誰よりも軽くて、優しくて、そして――重たくなかった。
選ばれることを望まず、ただ「いていい」と言ってくれる人。
(ずるいよ……そんなの、ずるい)
私は選べない自分に苛立っていた。
誰かの想いを断る強さも、誰かにすがる勇気も、まだ持てなくて。
そんな私の心の揺れを、彼らはそれぞれに察していた。
◇ルーク
「……クラリス様、村の青年とご一緒だったと聞きました。
それが“幸せ”に繋がるなら、私は騎士として、笑って見送る覚悟もあります」
そう言いながら、ルークの拳は少しだけ震えていた。
◇ジーク
「彼の心の魔力は、私には制御できない。不思議です。
でも……だからこそ、あなたが笑っている理由になるなら、それでいい」
ジークは、目を逸らさずにそう言った。
いつもの冷静さの中に、わずかに悲しげな熱があった。
◇シリル
「ふーん。いいじゃない。そういう“普通の男”が最後に選ばれるルートって、乙女ゲームだと最高にエモいし」
冗談めかした口調だったけれど、その笑顔は少しだけ、寂しそうだった。
私は、彼らの優しさにまた、罪悪感を覚えてしまう。
好きって言われるたび、逃げたくなる。
でも、優しくされるたびに、立ち止まりたくなる。
(……私、本当に、誰かを幸せにできるのかな)
その夜、私はアッシュともう一度話をした。
「なあ、リスちゃん。俺、やっぱり“選ばれたく”なったわ」
「……え?」
「いや、他の連中みたいにすげーことは言えないけどさ。
でも、今のまま見てるだけっての、やっぱ無理だった」
彼はぽりぽりと頬を掻いて、でも真っ直ぐ私を見た。
「誰にも選ばれなくていいって言ったけど――俺が、選ばせてほしくなった」
言葉が出なかった。
目の奥が、じんわりと熱くなる。
「でも、最後に決めるのはリスちゃんだ。俺らのために無理するな。
……泣いても、悩んでも、最終的に“自分の幸せ”を選べよ。俺は、それだけ願ってる」
誰にも選ばない自由をくれたアッシュが、
最後には“自分を選んでほしい”と言ってくれた。
その矛盾が、とても優しくて――
だけど一番、私の心をかき乱した。