第5話:好きって、そんなに簡単に言えることじゃない
星がきらめく夜空の下、私は一人、畑の小道を歩いていた。
昼間の“求婚投票会”から逃れるように、誰とも話さずに過ごした今日。
夕食も、三人の誰にも顔を見せずに断った。
――静かな時間。
けれど、胸の内はとても、うるさかった。
(「好きです」って、あの人たちは軽く言うけど……)
私は知っている。
“好き”の一言が、どれだけ人の人生を狂わせるか。
そして、それが“責任”を伴う言葉だということも。
ゲームの世界で“悪役令嬢”として転生して、
私は何度も自分を偽り、役割を演じ、
やっと“破滅”を回避して、今こうして生きている。
(なのに……どうして“恋”だけは、こんなにまっすぐ向かってくるの?)
小道の先にある、村外れの丘。
そこに、小さな木製のベンチがぽつんと置かれている。
私は腰を下ろして、夜風を浴びながら、小さく息をついた。
――そのときだった。
「……ここにいると思いました」
ふと、背後から声がした。
振り向くと、そこにいたのは……ルーク。
「無断でついてきて、すみません」
「いいの。来るなら、あなたかなって思ってたから」
私は微笑んで、隣を指さした。
彼は少し戸惑いながらも、私の隣に腰を下ろす。
「……騎士として、クラリス様を守りたい気持ちは本物です」
「うん」
「でもそれ以上に――一人の女性として、あなたに惹かれてしまったのも、事実です」
「……それは、最初からわかってたよ」
私の声は、少し震えていた。
「でもね、ルーク。私、本当は……恋が怖いの」
「……」
「好きになったら、選ばなきゃいけない。でも、選んだら、他の人を傷つける。
それが、怖いの。あなたたちを、大切に思ってるからこそ」
「――優しいんですね。クラリス様は」
ルークの言葉は、どこまでもまっすぐだった。
「……優しいのは、ずるいってことだよ」
私は小さく笑って、空を見上げた。
「今は、まだ答えを出せない。だから――ごめんね」
「はい」
彼は静かに立ち上がると、私の手を取って、軽く口づけを落とした。
手の甲に、騎士の敬意を込めて。
「その時が来るまで、私はあなたの側にいます。決して、無理にとは言いません」
「……ありがとう、ルーク」
彼が立ち去ったあと、私はそっと胸に手を当てた。
――“好き”って、なんて重い言葉だろう。
でも、誰かを“傷つけたくない”って思える自分に、少しだけ誇らしさも感じていた。
私はもう、誰かの“悪役”じゃない。
自分の人生を、自分で選んでいくために生きている。
(……逃げるだけじゃ、終われないよね)