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願いが1つ消えた世界にて

「はぁ……………………………………………………」

 肺の中が空っぽになりそうなほど長いため息が会長の口から漏れる。彼の手には『キャラクター・ブック・ストリング』が引き起こした事態について、結弦がまとめた報告書が握られている。

「迂闊だった……。プライバシーなど無視して高木君から相談者の名前聞いておけば……こういうところが甘いんだよなあ私は。はぁ………」

 そして。

「ごめんね高木君……役立たずで……」

 円香もソファの上で体育座りをしてわかりやすく落ち込んでいた。そんな2人を見て結弦はこう思った。

「一週間は引きずりすぎじゃないですか?」

 口頭で『キャラクター・ブック・ストリング』の顛末を聞いて以来、2人はずっとこの調子である。なお、アンリが『栞』の持ち主であること、件の恋愛相談の依頼主であることは報告していても、彼女の想い人のことについては伏せてある。

「別に僕は大したことしていないですし。至らぬところは多々ありました。少なくとも彼女の力を暴走させてしまったのは僕の責任です」

「だとしても、だよ」

 ぐったりとしていた会長シャキッという効果音が聞こえそうなほどの勢いで立ち上がると結弦のもとに駆け寄り肩を叩いた。

「君の貢献は無視できないものだ。そこについては自身を持ちたまえ。それに、新しい生徒会メンバーという収穫もある。こんなに喜ばしいことはない」

 ということで、と言って会長は結弦の後ろに隠れているとある人物に目を向けた。

「生徒会書紀としてよろしく頼むよ、夏目さん」

「あ、は……はい……お……おねが……ウッ」

 会長に呼びかけに対応するアンリの顔は真っ青だった。

「夏目さん。無理する必要はない。気分が悪かったらソファに座るといい」

「はい……うっぷ……」

 アンリは手で口を押さえながら、円香の向かいの席に座った。

「本当に大丈夫なんですか?」

 その様子を見ていた円香が率直な懸念を示した。

 呪いをアンリに知られたことを伝えられると会長はすぐさまアンリを呼び出し、何度もゲロまみれにながら生徒会に勧誘した。よく言えば三顧の礼、悪く言えば藁をもつかむ思いの交渉の末、アンリは生徒会書紀に就任することを承諾した。

「知ってしまったのだから仕方ないだろう。いやあ、もう。本当に気をつけてほしいものだね」

「その割には嬉々として勧誘しに行ったように見えましたけどね」

「はっはっは! なんのことやら!」

 会長はわざとらしい高笑いで円香の冷たい視線を誤魔化す。

「まあ、関さんの失態で私の仕事が楽になったことは感謝しているよ。いやあ、こんなことってあるんだねえ!」

「グゥ……人が気にしていることを……」

「ところで、関さんの猫化はまだ治りそうにないかい?」

 結局、円香の猫化は解かれなかった。相変わらず彼女は陽が沈むと猫になってしまうし、結弦の家での寝泊まりも継続している。吐しゃ物にまみれながらもアンリを勧誘したのはそういう事情もあった。

「猫化の原因をすぐに引き当てられるとは思っていなかったが、生み出された呪いを受けた人物と内容まで知っておきたかったかな」

 言われてみれば、と結弦は思い出す。猫化とは無関係とはいえ『栞』でルールが作られたことは事実である。ならば、他に呪いの被害にあった人物がいるはずだ。

 世界樹に関する情報は圧倒的に不足している。どんな些細なものであっても知っておきたいという思いが会長の顔から見て取れる。しかし会長はすぐに、

「まあ、今はいいか」

 と一息ついてにこやかな表情を浮かべた。

「今は、誰かの呪いから解放されたことを喜ぼう」

 

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