いつ高木結弦は欲望を失ったのか
物心がつく頃には結弦の険悪な関係になっていた。
世間体を気にしていたのか離婚こそしていなかったが、家の中では互いをいないものと扱うのが基本。必要最低限のものであっても言葉を交わせばそこから夫婦喧嘩が勃発する。
そんな家庭で高木姉弟は両親の顔色をうかがいながら生活していた。両親は二人の育児を放棄することもなかったが、愛情を注ぐこともなかった。世間体を守るために必要な最低限の家事・育児を事務的にこなすだけである。食卓はとても一家団欒ができるような空気ではなく、いつも凍りついた空気が流れていた。 そんな冷え切った過程で育った結弦はいつしか、家族全員が談笑するような明るい食卓に憧れるようになっていった。
六歳の頃である。ニュースでとある夫婦とその子供へがインタビューを受けていた。
当時の結弦にはよくわからなかったが、夫婦の子供は年の割には勉強ですごいことを達成したらしいということだけはわかった。どんな業績だったのかは今でもわからない。そもそもインタビューはドラマのワンシーンで、フィクションだったのかもしれない。ただ、幸せそうな家族三人の姿だけが印象に残った。
母親はインタビュアーに「自慢の子で~」などと誇らしげに子供の業績を語る。父親は妻の肩を抱いて無言で頷いていた。彼らの姿を見た結弦は幼心ながらに「これだ」と思った。
自分も同じぐらい勉強ができれば両親にとって自慢の子供になる。そうすれば、自分の両親もテレビに映っていた夫婦のように仲睦まじくなれる。そう考えた。
思いっ立った次の日に結弦は稚園の担任の先生に「小学校の勉強を教えてほしい」と頼んだ。そうしたのは両親以外に頼れる大人を知らなかっただけだったのが、子供の意欲を大事にする先生が担任だったことが幸いした。
結弦が頼んだ翌日、先生は小学生向けの参考書と問題集を持ってきてくれた。付きっ切りというわけにはいかなかったが、勉強の仕方を簡単に教えた後に「わからないところがあったら聞きにきて」と言って結弦に貸し与えた。
幸か不幸か、結弦は周りの子に比べて賢かった。特に算数と理科への適性が高く、次々と参考書を片付けていき、三ヶ月も経つ頃には結弦は高校一年生相当の内容に取り組めるようになっていた。これには先生も驚き、結弦を迎えにきた母に「結弦君は賢い子ですね」と褒めちぎってくれた。
他にも、結弦は先生から料理を教わるようになった。きっかけは先生が結弦の勉強する動機に興味を持ったことだった。
結弦は正直に「お父さんとお母さんが仲良くなって欲しい」と答えた。その答えを聞いた先生は「自分で料理を作ってみるといい」と提案した。
先生曰く、
「家族の会話は良い食卓から。良い食卓は良い料理から。そして、良い料理が欲しいなら自分の手で作るもんさ」
とのことだった。
言葉の意味はよくわからなかったが、結弦は先生の家で料理を習い始めた。
たくさん失敗した。たくさん怪我した。勉強ほどすぐには身につかなかった。それでも結弦は諦めず、一人でカレーを作れるようになった。
先生のアドバイスは効果覿面だった。嬉しくなって、料理のレパートリーをもっと増やした。結弦がご飯を作るようになってから「これ美味しいね」「結弦は料理の天才だな」と会話が増えた。
そこから派生して、結弦が勉学の優れた才能を持っていることも話題に上がった。周りの子よりも何段階も進んだ勉強ができ、料理をはじめとした家事もできる。両親は結弦の目論見通り結弦を誇りに思い、保護者の世間話で自慢げに語った。
結果的に結弦の作戦は恐ろしいぐらいにうまくいった。両親の中は改善され、明るい食卓を手に入れた。結弦がずっと望んでいた光景だった。
ただし。
結局のところ。
両親は結弦に気を使っていただけだったのである。必死に夫婦仲を取り持とうとする結弦を見て、ほんのわずかに残っていた親としての使命感で自分の感情を押し殺していただけだったのだ。
小学校に入ってまもない頃、事件は起きる。
家に帰ると両親が大きな声で罵り合うのが聞こえた。慌てて階段を駆け上がると、父が包丁を持って母を襲いかかっている最中だった。
喧嘩の理由は分からない。ただ、止めなければならない。
そう思って父から包丁を取り上げようとした。大人の男の力に抵抗するために無我夢中でそれ以外のことに気を回す余裕がなかった。
気づいた時には父の胸に包丁が突き刺さっていた。包丁を握っているのは自分の手だった。
母と姉は口を押さえて言葉を失っていた。
警察が来て一家全員が事情聴取を受けた。パトカーが家の前にとまったものだから、近所で噂になった。正当防衛とはいえ子供が父親を殺害したということで、マスコミも押し寄せてきた。
世間体を気にする母は日に日に精神的に参っていった。ストレスを解消するために深酒をし、友人や自分の両親に電話で愚痴を吐くようになった。
高木姉弟が寝静まった頃にする配慮はしていたが、母が電話口で吐き出していた愚痴は寝室の結弦にも聞こえていた。
「私はあの人と一刻も早く、離れたかった……! でも、世間体もあるし、あの子が……結弦が頑張るから……っ! ああ、もう。どうしてこんなことに……!」
そんな愚痴が聞こえた次の日。母は首を吊って自ら命を絶った。
残された遺書には「もう疲れました」とだけ書かれていた。
事切れた母の姿を見た結弦は「両親に仲良くなって欲しい」望んだことが間違いだと思った。
自分が欲しがったからこうなった。
自分の願いが両親に無理をさせた。
自分は何かを求めてはいけない。そう思うようになった。
結弦は自分が望んだことを後悔した。後悔して、後悔して、後悔して、自分の欲望を抑え込み続けた弦は、やがて全てがどうでもよくなり、抜け殻のようになった。
体を動かす気になれない。体が空腹を訴えても食事をとる気にならなかった。姉が毎日自室に食事を持ってきても見向きもしなかった。食べたくないわけではなかった。ただ単に興味を持てなかった。
時が経つにつれて自分が弱っていくのは感じていた。きっとこのまま続けば死ぬだろうと分かっても体を動かそうとしなかった。
死にたいと思ってそうしたわけではない。ただ単に、自分の命を含めた全てがどうでも良かったのだ。




