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何が萩原英美を変えたのか

 突如生徒会室に現れた階段を下りた先にあったのは、古めかしい雰囲気の資料室だった。

 部屋の中は白色の蛍光灯ではなく、銅線でに吊るされた電球によって温かいオレンジ色に照らされていた。色あせた木製の本棚たちに眠る資料は現代の製本ではなく糸で和綴じされたものもいくつか見受けられる。相当古い時代からあるのだろう。

「ここににあるのは全て世界樹によって作られたルールの記録だ」

 資料室の奥へと進む途中で会長は言った。

「ルールでできること、ルールを行使する道具の形状、使用事例、そしてルールがまとめられている。あの『短剣』の力もここで調べた」

 何の気なしに手近にあった本棚を見ると、資料がぎっしりと詰められた状態で大雑把見積もって400冊程度収納されている。この部屋には同じ本棚が1列に3台、3列並んでいるからだいたい3600冊ほどあることになる。

 つまり、過去にはそれだけ世界樹にまつわる事件が起きたことを意味する。

「これ、全部ですか」

「全部だよ。いや、何冊か世界樹伝説自体の調査記録と日誌もあったかな。もっとも、私が見つけた時は少なく見積もっても10年分の埃が積もっていたけど」

「……生徒会室にあるということは、これは過去の生徒会長が?」

「ああ。前に私は歴代の中に世界樹に取り組んだ人がいたの"だろう"なんて表現をしたけど、実際のところほぼ確信している。そして、最初に世界樹の秘密に気づいた生徒会長はこの資料にたどり着ける人物を極力信頼できる者のみに限定できるようにした。実際、その名残が今も残っているよね」

「──生徒会役員の指名制度」

「その通り。なんなら昔は生徒会長すらも先代からの指名制だったらしいよ……さて、ついた」

 会長が示したのは、教室に置かれているような一人用の机に座る円香の後ろ姿だった。彼女は山のように積み上げられた和綴の本の隣で、足を組んで資料を読み耽っている。

「願いが叶うなんて言っても、人間が思いつく願いなんてのはある程度限られている。当然、願いが生み出す世界樹の力も同じものが使いまわされることがある。関さんには記録の中に今回の一件に当てはまるものがないか調べてもらっていたんだ」

「ということは、これから世界樹に願った人物の絞り込みを?」

「いいや」

 会長は首を振った。こういう時会長は得意げな顔をしそうなものだと思っていたのだが、意外にも淡々としていた。

「実はそっちは既に目星がついている。別口でね。調べてもらっているのはそのあとのためさ」

 会長はポケットから生徒手帳を取り出して結弦に見せつけた。

「こいつを使うには世界樹の力を持つ人物に立ち向かって『栞』を奪い取らなきゃならないからね。少しでも安全に事態を解決するために、相手がどんな力を持っているかは知っておきたい。呪いのおかげで精神干渉を無効化できる関さんがいるとはいえ、我々だけで解決できる可能性も見つけておかないとね。それで、進捗はどうだい?」

 会長に呼びかけられた円香は顔を上げる。

「会長から聞いた話を照合するとやはり『キャラクター・ブック・ストリング』だとみていいでしょうね」

「ふむふむ。それはいったいどんなルールなんだい?」

 円香は深いため息をついて、開いたページを維持したまま手に持った本を会長に差出した。

「ここの資料の内容ぐらい、会長は全部覚えているでしょう」

「私は記憶より記録を優先する人間でね。調べてくれてありがとう」

 会長が本を受け取ると円香は疲れていたのがすぐに机につっぷした。

「ふむふむ」

 資料を読みつつ満足げに頷く会長。会長が読み終えた後、資料は結弦に手渡された。


『キャラクター・ブック・ストリング』

 概要: 生きている人間に対して、設定と役柄を与えてその役を演じさせ続ける力。ただし、台本が必要。


「人形劇ってあるだろう?」

 資料の記述を読んでいる結弦に向けて会長が言った。

「手足に糸を括られた人形が役者の如くキャラクターを演じる演劇さ。この道具は、生きた人間を人形劇の人形にしてしまう」

 会長は資料に貼られた一枚の白黒写真を指差した。古ぼけていて見づらいが、白い右手用の手袋の形をしている。そして、会長が親指と人差し指でページの隅をつまんでめくると、手袋のスケッチが現れた。

「“相手を人形にする“というルールの実行手順はシンプルだ。この手袋の指先から『糸』を放ち、対象にぶつける。そうすれば『糸』を括り付けられた人間は──」

「『物言わぬ人形となる。糸と本を通して役柄を伝えることで、人形にされた人物は与えられた役柄を演じ続ける』……ですか」

 結弦は会長の言葉の続いて資料に書いてある情報を読み上げた。

「簡単に言ってしまえば、他人に物語の登場人物を演じさせるという能力だ。萩原英美の例で言うのなら彼女は“弟のいないお嬢様“という役柄を植え付けられたせいで、恭次郎君のことを忘れ、御淑やかな少女となったというわけだね」

 会長は右手を差し出してきた。結弦はこちらに返してくれ意思表示だと受け取り、資料を閉じて会長に返した。

「一昨日、恭次郎君の家に行ったんだ」

 会長は資料の表紙を軽く撫でた。

「彼と彼のご両親は一週間前に餓死寸前の状態で発見され、病院に運ばれたらしい。今も入院中だ」

 その言葉を聞いて、机に突っ伏していた円香が顔を上げた。



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