調査状況
カチッ、カチッと、振り子時計が静寂に包まれた生徒会室の中で時を刻む。
会長は生徒会室の中で一人、生徒会長用のオフィスチェアにもたれかかって、手帳に記されたこれまでの成果を視線でなぞる。
調べたいことは山ほどあった。
いつ、彼女の人格が変わったのか。
なぜ、彼女を狙ったのか。
何が──つまり、どんな願いが人の人格を変えるような力を与えたのか。
そして何よりも、 誰が、彼女の人格を変えたのか。
これらを探るためには学校内の萩原英美の交流関係とクラスメイトから見た彼女の人柄の情報が不可欠だ。加えて、彼女を狙った明確な理由があるなら交流関係、それと他の被害者の存在も探る必要がある。
しかしながら、今手帳に書かれている文字は少ない。これでは恭次郎にとても顔向けできない。
桃園学院内における萩原英美に関する調査は困難を極めた。なりふり構わず聞いて回るのが一番いいのだが、一人の生徒について熱心に聞いて回るというのは問題がある。はた目から見ればストーカーに間違われかねないし、あまり萩原英美近辺に干渉しすぎると世界樹の力の持ち主に感づかれるリスクもある。そうなっては調査どころではない。
会長にできたのは遠くから萩原英美を観察することと、偶然を装ってさりげなく彼女と交流のある生徒から話を聞くことぐらいだった。当然、手ごたえはあまりない。これ以上に情報を集めようとすると覚悟を決めて積極的に聞き込みにいくか、あるいは
「尾行するしかないかなあ……」
負担がかかりそうなほどオフィスチェアに預けていた背中を正して、手帳をデスクの上におく。そして何気なく、生徒会室の入り口の方をみると、閉めてきたはずの生徒会室のドアが開いていた。
そしてドアそばには、ドアを支えたままこちらを見る円香の姿がある。
「……」
「……」
「失礼します」
「待ちたまえ」
行儀が悪いなどと考える間もなくデスクを踏み台にして飛び、早足で立ち去ろうとする円香を追いかけた。
「関さん、君は誤解をしている。人類には話し合いが必要だとは思わないかね」
「話し合いができない人がやるようなことを検討していた人が何を言ってるんですか」
「いやいや。尾行っていうのは萩原さんの調査の話だよ」
「萩原さん……」
ピタリと、円香の動きが止まった。
「そういえば、彼女の調査の件はどうなったんですか」
弁明のためについ口にしてしまったが、進捗が芳しくないことを思い出して会長は言葉に詰まる。
「ん~、まあ、ちょうどいい機会だ。頭の整理がてら話してみるとしよう」
会長は生徒会室で茶菓子をお共に現状の成果を報告する。
「というわけで、この数日で私が調べられたのは、入学以降の萩原さんは社交的でクラスの中心人物だってことぐらいさ。どこかのタイミングで性格が変わったとか、そういう踏み込んだところまでは調べられてないよ」
「そもそも外部入学の子ですからね。この一か月で多少変化があっても、新環境になれてきて素の性格に戻ったと考えてもおかしくはないでしょうし」
「ストーカーみたいだから積極的な聞き込みはできないだろう? さらなる情報を得るために、尾行してみようかと思ってたところなのさ」
「ストーカーみたい、から本物のストーカーになりかけてるじゃないですか」
「あれっ、本当だ」
会長は目をぱちくりとさせた。
「まあ、有効な調査手段であることは否定しませんけど。そもそも家に帰っていない彼女がどこに帰っているのかも疑問ですし」
「それは私も気になっていた。何より、問題の核心にたどり着ける確率が高いからね。それ相応のリスクもあるが」
「……普通に考えれば、彼女の人格を変えた本人の家の可能性が高いでしょうね」
「うむ……」
倫理的な問題以外にも二の足を踏んでいる理由はそこにある。
「ただ、やはり大胆な行動がなくては大きな進歩は得られないし、この後すぐにでもやってみるよ」
「警察に捕まらないでくださいね」
「私の安全を心配してくれたまえよ。そちらも大問題だけどさ」
会長は苦笑いで答えた。
「そういえば高木君が家庭教師、もとい恋愛相談している子は一年生だけど何かこの件について聞いてくれたのかな」
「特にきいてませんけど、極度の人間恐怖症みたいですからね。期待はできなさそうです」
「人間恐怖症? 人見知りと聞いていたけどそんなレベルだったのかい」
「初対面でゲロを浴びたそうです」
「それはまた……」
会長は渋い顔を浮かべる。振り子時計を確認すると、そろそろ文化部の多くは活動を終了する時間だ。
「さて」
と話に区切りをつけように、会長は空になったティーカップをすこしだけ音を立てて置いた。
「そろそろ私は出かけるとしよう。ストーキングをしなくては」
「せめて尾行って言いましょうよ」
はっはっはと会長は朗らかに笑ってティーカップを片付けようとする。
「カップとお茶菓子、私が片づけておきますよ」
「おや、じゃあお言葉に甘えるとしよう」
手に取っていたティーカップを円香の方に渡し、会長は生徒会室の出口へ向かう。円香は自分の分のティーカップとお茶菓子用の皿をまとめながら、ふと、あることを思い出した。
「そういえば」
「蜂須賀さん……高木君のお友達が妙なことを言ってました」「
「ほう?」
「入学式の次に日に高校デビューをしたクラスメイトがいたって。もちろん、萩原英美さんではなくて」
「そういう戦略を取る子もいる、と言いたいが気になるね。名前はわかるかい?」
「そこまでは」
「まあ、1年3組の誰かだろう。調べておくよ」




