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生徒会長と恋バナ

 翌日の昼休み、結弦は掛谷との昼食を断って生徒会室を訪れた。会長は昼休みだというのにペンを忙しなく動かしている。

「おや、珍しいね。高木くんが昼休みに生徒会室に来るなんて」

 会長は顔を上げずに声をかける。

「会長、恋バナをしませんか」

「アメリカだと社会問題らしいね」

「生き物のコイじゃないです。ベタなネタなのに情報が分かりにくすぎやしませんか」

 結弦のツッコミを聞きながら会長はペンを置いて顔を上げた。

「はっはっは。上機嫌だね。まあ、座りたまえ」

 会長は結弦に対しソファに座るように促し、会長もその向かいの席に座った。

「会長ってモテますよね」

「モテモテだとも」

 会長は爽やかな笑みを見せながら肯定する。結弦は「モテモテ」と自身の人気を語る会長に対し結弦は現在の依頼について話した。

「なるほど。人見知りの女子生徒が接点のない男子生徒を好きになってしまった、と」

 ただし、依頼人やその相手の名前を伏せた。というより言っても伝わらないだろうから固有名詞を使わなかった。人間恐怖症の事実も話がこじれそうなので「人見知り」として説明している。

「僕が自力で何かアドバイスできたらいいのですが、僕は言い寄られたことありませんし、男女の機微もよくわからないので会長の話を伺おうかと」

「ふむふむ。承知した。では結論から言おう。ラブコメを読みたまえ」

「……ラブコメ?」

「む? 伝わらなかったかい? ラブコメディのことだ」

「いえ、“ラブコメ“が何かわからなかったわけではないんですけど……なんで創作なんですか?」

「それはもちろん、ラブコメには願望が詰まっているからさ」

「願望、ですか」

「評判の良い作品というのはもちろん面白さも高い評価の要因となる。しかし、ラブストーリーに関しては作中で描かれたシチュエーションがいかに多くの人に『良い』と思われるか、という点も人気につながる要素だと私は分析している。シチュエーションに対し『良い』と思うということはどういうことか。『羨ましい』と思うこと。つまり、『自分もこんな体験をしたい』という願望を抱かせることさ」

 結弦は小説も漫画も嗜まない。その上、異性との関係性に特別な憧れのようなものもないから実感が湧かなかった。だが、一般的な男子高校生と同じ感覚を持っていないからこそ、会長に尋ねたわけなのでその理論を受け入れることにした。

「創作のような運命的な出会いを上手に演出できれば、きっと依頼人と相手の関係は少し特別なとものになるだろう」

 これが私からのアドバイスだ、といって会長は言葉を締める。政治家のような力感のあふれるスピーチだった。

「後で私のおすすめを君の家に届けるよう、家のものに手配させよう」

「あ、ありがとうございます」

 会長の厚意に結弦は頭を下げた。




 結弦が猫になった円香と共に自宅に着くと黒服のSPのような格好をした男性が待っていた。男性は「若槻家のものです」と言って紙袋を手渡すと一礼してすぐに立ち去った。

「なにそれ?」

 家の中に入ってから円香が尋ねる。

「わからんが、結構重い」

 紙袋の中を覗き、二十冊ぐらいの漫画の単行本を見て、さっきの黒服の男性が会長の使いであることに気づいた。

「会長、『若槻』って名前なんだ……」

 昨年の生徒会発足から半年経って初めて知る事実だった。結弦は一通りの家事を済ませ自室に戻ると会長から借りた漫画に手をつけた。

「珍しいわね。高木くんが漫画なんて」

 紙袋から取り出した漫画を見て円香は言った。

「一応、依頼のための参考書だ」

「参考って恋愛相談の?」

 結弦は漫画から視線を離さずに頷く。

「漫画を読んであてになるの?」

「わからない。しかし、僕には知識がない。まずは会長のアドバイスを素直に受け入れるべきだと判断した」

「ふーん……」

 訝しげな目を、主に会長のアイデアに向けて円香は自分の勉強に戻る。しばらく時間が経ち円香はベッドの中で体を丸くする。その時も結弦は円香に背を向け、自分の机で漫画を読み耽っていた。

 翌朝、日の出と共に円香は目を覚ました。普段なら目の前に結弦の顔があるはずなのだが、布団の中に結弦の姿はない。

 円香は重い瞼を擦りながら体を起こす。人の姿に戻った円香の体から掛け布団がずり落ちた。

「……まだ読んでたの」

「ちょうど読み終わったところだ」

 結弦は単行本をゆっくり閉じてから答えた。あれから一睡もせず漫画を読み続けていたせいか目が少し赤い。

「どうだった?」

 ベッドの上で体育座りをし、掛け布団で体を包みながら円香は聞いた。

「興味深いアイデアはいくつかあった」

 結弦はそう答えてノートを開く。漫画の中で描かれたシチュエーションを実現可否を度外視してメモしたものだ。

 結弦は「人間恐怖症は一旦無視するとして」と前置きしてから依頼に適用できそうなものをピックアップした。

「例えば登校中に食パンを加えながら曲がり角でぶつかる、という出会い方だ」

「ベタ中のベタね。今時そんな作品あるの? そもそもそんな作品実在したの?」

「いや、作中で紹介されただけだな。そういう展開の作品はなかったが、興味深い。しかし、問題がある」

「なんとなく察してるけど……なに?」

「依頼人と掛谷の家が正反対だ。どうあっても二人が登下校中にぶつかる状況は自然にならない」

「でしょうね……」

「他には席替えや修学旅行といった行事も使えない。夏目さんと掛谷はそもそも学年が違うからな」

 これもダメだなといって、結弦は打ち消し線を引き「掛谷はバイトをしてない」とメモを追記した。

「アルバイトや部活といった学級外のコミュニティで作るというアイデアもあったが、残念ながら掛谷は部活もアルバイトもしていないな」

 ノートの横線がまた一本増えた。

「人間恐怖症といい、難儀な恋をしてるわね」

「次の案は後は廊下で偶然ぶつかってキスをしてしまうとか、胸を触ってしまう事故を作る、という作戦だ」

「ミサイルを活かした合理的な作戦ってわけね。いいじゃない」

「巨乳をミサイルって呼称するの下品すぎないか? ただ、これは掛谷の名誉を傷つける恐れがある。あまり推奨できない」

「それは……確かにそうかもしれないわね」

「使えそうだと思ったのはこれぐらいだな。後は……」

 ノートを隅から隅まで探って目ぼしい展開を探した。だが、そのページに書かれたメモは現実味に欠ける内容だった。あてにならないな、と言う気持ちから結弦は首を横に振る。揺れる視界の中で人間関係に関心を抱かなかったこれまでの人生を少しだけ反省した。

「ちなみに他にはどんな展開があったの?」

 円香が興味ありげな様子でノートを覗き込む。結弦は彼女にノートを開いたまま差し出した。

 円香はノートを受け取り結弦のメモに目を通す。几帳面さが滲み出る綺麗な文字だな、と思った。

「二人の家は抗争中のヤクザとマフィアで諍いを鎮めるための許嫁」

 真っ先に目についたメモを読み上げる円香。声に出しても荒唐無稽な前提に呆れ笑いをしそうになった。

「その前提が成立してたら苦労しないわね……ちなみに掛谷くんの家は?」

「弁護士、だったかな」と結弦は欠伸をしながら答えた。

 円香は結弦の返答にコメントもせず、すぐ下のメモ書きに目を向ける。

『二人は取り違え子。本当の両親との面会をきっかけに出会う』

「会長、本当に依頼の参考として渡してる? ただおすすめのラブコメを布教されただけじゃない?」

 独り言を呟きながら円香は次のメモを見た。

『二人は異世界からやってきた勇者と魔王。魔王はアルバイトをしながらーー』

「ラブコメですらないわよ! 高木くん。 あなた単純に会長の好きな漫画布教されただけよ! 」

「それは物語としてかなり気に入った。今晩はカツ丼に挑戦してもていいかもしれない」

「普通に布教されてる……」

 円香は呆れながら次のページをめくった。次のページにも依頼には応用できなさそうな、フィクションだからこそ成立する邂逅ばかりがまとめられていた。

(そもそもラブコメを現実の恋愛の参考にするってアドバイスが間違っているのよね)

 円香は心の中で今更な指摘をした。その時、視界に移ったメモの中に円香の目を引くものがあった。

『駅で本を読んでるヒロインに話しかけたところから二人の関係は始まる』

「これは使えそうじゃない?」

 円香は該当する行を指差した。結弦は疲れ切った脳で掛谷の姿とメモの元となった作品を思い返す。

「ダメだな……掛谷は駅も図書館も使わない。本とかスマホを見てる姿は教室でしか見ない。依頼人がいても自然な場所……いや、待てよ?」

 夏目アンリがいてもおかしくなくて、掛谷が休む場所。そして、掛谷が一人でいること。それさえ満たせば十分なのだと、結弦は気づく。

「できるかもしれない……運命的な出会いとは程遠いかも知れないが」

 邂逅の場が整えられそうな兆しに結弦の脳は覚醒していく。自然となすべきことも見えてきた。

「アイデアの掘り下げのために別の作品を漁ってみるとして……後は意思疎通方法だな」

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