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来訪者

 変化はゴールデンウィーク明け初日に訪れた。

 誰かが生徒会室のドアをノックした。

 円香と結弦は作業を止めて顔を見合わせる。会長は結弦が来るなり「今日は小学生の子の自転車の練習に付き合う依頼に対応するからあとは任せたよ」と言って席を外していた。

「僕が行くよ」

 生徒会室のドアを開けて現れたのは高等部の制服を着た女子生徒だった。銀髪に銀の瞳、すらっとした高い背丈という日本人離れした特徴もさることながら、街ゆく人が皆すれ違い様に思わず振り返ってしまいそうなほど美しい容姿をしている。

 それは結弦の感性に置いても同様であり、彼女が美しい女性かと聞かれたら否定する余地はないのだが、結弦は少々不気味な印象を抱かずにはいられなかった。

 あまりにも造形が整いすぎている。肌も、目も、髪も、美しすぎてまるで作り物のように思えてしまったのだ。

 加えて、彼女の顔のどこを見ても表情を作り上げる線が一本も見当たらない。まるで人形ような無表情な顔で、瞬き一つすることもなくこちらを見てくるせいで余計に作りものめいて見える。

(本当に人形だったりしないよな……)

 と疑い始めた頃。銀髪の女子生徒は結弦の目を見て瞬きをした。そして。

「相談に乗っていただけると伺ったので参りました」

 抑揚のない無機質な声で要件を告げるのだった。



 手紙やメールで寄せられた悩みには優先度をつけて対応するが、直接訪問してきた場合は都度そちらを最優先して対応することになっている。

 結弦はテーブルの上を軽く片付けてから彼女をソファに座らせ、その向かいに円香とともに座る。

「私は高等部三年の葉月と申します」

 マナー教本のお手本のような綺麗な姿勢でソファに座った葉月が名乗った。

「3年生ですか」

 結弦は一瞬悩む。

「僕たちはどちらも2年生なのですが、力になれそうでしょうか」

「私の悩みは学年に関係しません。いえ、むしろ下級生の方が好都合です」

「承知しました。それで、悩みというのは」

「……」

「葉月先輩?」

 結弦が問いかけても葉月は答えない。言い出しづらい悩みなのか、言葉を選んでいるのか。表情が一切うごかないせいで判別ができない。

「私の顔は怖いでしょうか」

 ようやく切り出す葉月。疑問文でも彼女の声に抑揚はなかった。

「どうやら周りから怖がられているみたいなのです」

「怖いというと……えっと……具体的にどういう?」

 思い当たる節はこの数分間でいくらでも思い浮かんだが、念のため詳しい話を聞いてみた。

「先日、校内で初等部の生徒とぶつかってしまったときのことです。完全に私の不注意でしたのですが、私はその生徒の目を見て“申し訳ありません。お怪我はありませんか?“と謝罪したのですが……その場で泣かれてしまいました」

「……」

「……」

「元々、クラスメイトに“怖い顔してるけど、怒ってる?“と言われることはありました。ですが、年端も行かない子供に怖がられると少しショックで」

「……」

「……」

「そんなに怖い顔しているでしょうか。落ち込んでます」

「……」

「……」

 結弦と円香、二人分の沈黙が流れる。落ち込むと口では言っているが声は無機質だし、肩を落とすようなわかりやすい素振りもない。

「私……怖いでしょうか?」

 (怖いなあ……)

 主に無表情で問い詰めてくるところが、と思う結弦だったが口に出すわけにもいかない。 ここは生徒会役員として先輩である円香の出方を伺おうと隣を見てみる。

「……」

 円香は借りてきた猫のように固まっていた。

「ちょっとお茶淹れてきますね」

 結弦は円香を連れて給湯室へと向かった。



 火にかけられた急須を前に作戦会議が始まる。

「高木君、私今初等部生と同じ気持ちなんだけど」

「そういうの小声でも声に出さない方がいいぞ」

「でも、人見知りにあの圧迫感は苦しいわよ……」

「人見知りって、僕と初対面の時はそういう風に見えなかったけど」

「本当の人見知りはね、行けそうと思った人にはグイグイいけるものなのよ」

「それは喜んでいいのかい?」

「それは一厘冗談だとして」

「厘? 分ですらなく? "割」

「さすがに最低限の社交性は身に着いているから大抵はなんとかなるのよ。でも、根っこが人見知りだから、時折どう取り繕えばいいかわからなくなる人がいるのよね」

「まあ、難しい人なのは同感だ。正直、僕も困っていたし」

 はあ、と2人のため息が重なる。

「月並みだが"笑顔を心がけてみましょう"というようなことを伝えてみよう。僕も人の事は言えないかもしれないが、あまりにも表情が硬すぎる」

「そうね……高木くん、頼んでもいい?」

「ああ、構わないよ」

 

 

 出来上がった紅茶をもって葉月の相談に戻る。結弦はティーカップを葉月に差し出しながら、人の相談に乗る相応しい振る舞いをしっかりイメージした。

「笑顔を心がければいいと思いますよ」

 お手本と言わんばかりに作り笑顔を浮かべ、率直な意見を葉月に伝えた。

「葉月先輩は少々表情が硬い印象を受けます。ですから、怒っていると勘違いされてしまうのでしょう」

 円香はうんうんと頷いて同意する。しかし、葉月から思わぬ返答が返ってきた。

「私、無表情ですか?」

「えっ?」

 思わず結弦は聞き返す。

「笑顔で会話していますよね?」

「……えっ?」

 ティーカップを口につけようとしていた円香が驚きの声を漏らす。

「今もこうして、親しみやすいように口角を上げて話しているのですが」

「すみません、お茶菓子忘れてました」

 今度は円香が結弦の腕をつかんで給湯室へと連れて行った。



「高木君、"口角を上げる"って言葉を辞書で引いてくれるかしら。私間違えて覚えていたかもしれないわ」

「多分あってるよ。ついでにいうと葉月先輩の認識とも相違なさそうだよ」

 給湯室から葉月の様子を伺うと両手の人差し指で口角を指さしていた。もちろん、無表情で。

「鏡のない世界から来た人?」

「辛辣すぎる。同意するけども」

 恐ろしいことに葉月は自分が笑顔を作れていない自覚がないようだった。

「高木君」

 円香が名前だけ呼んで、その先を言わずにじっと見つめてくる。結弦の口から伝えてくれということらしい。

「分かったよ」

「ところで、乾パンしかなかったのだけれどお茶菓子として適切かしら」

「美味しいから大丈夫なんじゃない? 金平糖多めにしておこう」

 乾パンが美味しいことには間違いはないが、非常食をここで開けてしまっていいのかという点については目を瞑ることにした。


 

 適当に給湯室から見つけた皿に乾パンを乗せ葉月に差し出す。葉月は一礼して乾パンを1つ手に取った。

「大変申し上げにくいのですが」

 バリボリと硬い音結弦は正直に事実を伝えた。

「笑顔つくれてないです」

「なるほど……」

 葉月は眉一つ動かさずに結弦の言葉を受け入れる。

「角度が足りていないのかもしれませんね。少し調整してみます」

 と言って結弦の顔をじっと見つめてくる葉月。

「どうでしょうか。できているでしょうか」

「答えのない間違い探しをしている気分です」

 葉月の表情は微塵も変化しなかった。

「そうですか」

 落胆した様子もなく葉月は言う。

 あまりにも葉月の表情が変わらないので、結弦は表情に頼らずに感情を伝える手段を提案した。

「では身振り手振りで感情を表現してみてはいかがでしょう。犬や猫は尻尾で感情を表現すると言いますし」

「なるほど。つまり尻尾を生やせばいいのですね?」

「そんな改造手術はしなくてもいいんですけどね」

「生やすなら犬と猫、どちらがいいでしょうか」

「……」

「……」

「冗談です」

 葉月の分かりづらいジョークに結弦と円香は心を掻き乱される。結弦は気を取り直して話を続けた。

「尻尾を生やすまでしなくても、ハンドサインで心境を表現してみてはいかがでしょうか」

「ハンドサイン、ですか」

「例えばサムズアップですね。SNSではグッドサインのアイコンとしても使われますし。少しひょうきんに思われることはあるかもしれませんが、怒っていると勘違いされることはないでしょう」

「なるほど」

 早速と言わんばかりに葉月は親指を立てる。無機質なままではあるし、変人に見えるがだいぶ印象は変わった気がした。

「で、不機嫌な時は下を向ければいいわけですね」

「その時はありのままの先輩でいてください」

「中指にしろということですか?」

「文化圏の違いではなくてですね?」

「冗談ですよ」

 葉月は相変わらず無表情だが、どこか誇らしげなサムズアップを見せつけた。表情が出ないだけでかなり愉快な人物だと結弦は思った。



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