腐敗の夢
こんこん
こんこん
僕の部屋のドアを叩く音が響く。
僕はベッドの中でで震えながらソレが去ってくれるのを待っている。
恐怖で歯がガチガチと音を立てる。
僕は目を閉じ、耳を両手で塞ぎ、頭から布団を被って塞ぎこんでいた。
僕の部屋には頑丈な鍵が付いているし、鎖も付いている。ドア自体も強固な作りになっている。
理由はわからない。
―早く消えてくれ―
必死に祈り続けた。
こんこん、こんこん、こん……。
両手で塞いだ耳からドアを叩く音が聞こえなくなった。
僕は勇気を持って、ベッドから出た。
ドアの前に立ち、ドアに耳をあて、外の音を聞いた。
………。
何も聞こえない。いなくなったのか?
僕は少しだけ安心した。
だけど、鍵は開けない。鎖も外さない。僕の中の何かがそれを拒んだ。
僕はゆっくりと、ベッドに戻った。音を立てずに…。
がちゃがちゃ、がちゃがちゃ。
突然、ドアノブを回す音が部屋に響いた。
やっぱりだ。まだソレはドアの前にいたのだ。
がちゃがちゃ、がちゃがちゃ、がちゃがちゃ。
激しくドアノブを回す。
「開けるんだ。さあ早く。」
ドアのすぐ向こう側から野太い声が聞こえる。そしてもう一つ。
<はぁぁぁ、はぁぁぁ、く…よぉぉぉ。>
途切れ途切れに聞こえる微かな声。男性とも女性とも区別のつかない不思議な声。
息が荒いのか、時折苦しそうな呻きも聞こえる。
僕は叫んだ。
「き、消えろよぉぉぉ!」
もう限界だった。神経が焼きついたかのように頭が痛い。熱い。
夢なら醒めてくれ。そんな気分だった。
唐突に悪夢は終わりを告げた。
かちゃ…ぎぃぃぃ。
ドアが開いた。ゆっくりと開いた。
いつの間にか鎖が切れている。真っ暗な僕の部屋に外から明かりが射し込む。
赤い赤い床。腐った臭気が充満していた。
一斉に飛び立つ蠅と、あたりかまわずのたうちまわる白い蛆。
ドアの向こうに複数の人間がいた。
僕を見ていた。いろんな目だった。
憐れみ、怒り、悲しみ、憎しみ…。あらゆる感情が入り混じっていた。
にっこりとほほ笑む男が部屋に足を踏み入れた。土足だった。
鈍い銀色を放つ手錠を持っていた。
それを見た時に僕は思い出した。
脳裏に浮かぶ凄惨な日々。僕は残虐の限りを尽くしていた。
人が人を喰らうような。
自分の体が腐れてくる感覚。
だけど心は狂気の快感に酔いしれている。
いつの間にか目の前に男が立っていた。笑顔の男だ。だけどその笑みが怖かった。
ゆっくりと手錠を僕に掛ける。
ぐちゅ
音を立て、液体を垂れ流しながら僕の手首は落ちた。
そうか、僕は腐っていたんだ。
声を上げたかったが、舌が回らない。噛み合うはずの歯も抜け落ちていた。
だったらこれで夢は終わりだろう?
感覚が無くなっていく、目が覚めるのだろうか?
とにかく僕は安心したかった。
ただそれだけだった。