教育
「どうして、生徒を殴ったのですか?」
ギラリと光る眼鏡を正しながら、教頭は聞いてきた。
「生徒同士のいじめを止めるためです。最初から手を出したわけではありません。何回注意しても言う事を聞かなくて、それで今回は現場を目撃してしまったもので、我慢がなりませんでした。」
そう、俺はあの時、手を上げる以外にどうしようもなかった。
別にいじめの加害者のその生徒が嫌いな訳はない。俺はクラスのみんなが好きだと自信をもっていえる。好きだからが故に、どうしても許せなかったのだ。いち教員として、いや、このクラスの担任として、絶対に許せなかった。断じて、暴力を振るいたくて振るったわけではない。気がついたら、振るってしまっていたのだ。
「我慢が出来ない?
教員のあなたが暴力を我慢できなくてどうするのですか。生徒にとって、教員は見本であるべき。だからこそ、どんなに激昂しても、暴力だけは駄目なのですよ。」
「はい・・・反省しています。しかし、教頭。私は、叩いてしまった子を含めて、クラスのみんなを愛しています。それは、本当なんです。」
教頭は眉間にシワを寄せるのみで、何も言わなかった。
沈黙の間が続いた時、頭の中にはあの時の映像が放映された。
あの瞬間。俺は間違いなく、教員をしてきた中で、一番理性を失った瞬間だった。振り上げた右手は、その生徒の頬を叩こうとしていた。ただ、目が合った途端に、手を振り下ろす数秒の中で、無意識のうちに頬から下へと遠ざかっていき、その尻へと着地していた。
理性を失っていたのは事実である。ただ、理性を失っていた中でも、生徒を愛していたのだと思う。
まあ、暴力を振るった時点で俺が悪いことに変わりはないし、加害者のことも、生徒として好きだったということを信じてもらえなくても仕方がないのだが。
「教頭・・・先生。いくつか質問してもいいですか。数十年前の、私の先生として。」
「何でしょう。」
「先生はクラスをもっていたときに、その生徒のことを愛していましたか?」
「もちろんです」
「その生徒に暴力を振るったことは?」
「・・・あります。」
教頭は苦笑いをしていた。
「あなたは聞くまでもなく・・・ね。・・・ね?」
「そりゃあ、覚えていますよ。血の味がするご飯を何回食べたことか。」
私は笑った。
今になって見れば、あの味だって良い思い出なのだ。先生の教育には愛があった。その気持ちはどのような形であれ、私には伝わっていた。だから、私の気持ちも間違いなく・・・。
ふと先生を見ると、悲しい目をしていた。
「そうだよな・・・。そもそも私にはあなたを咎める資格などなかったな。」
「いやいや、そういうことを言いたいのではないのです。私は別にそのことで先生を恨んでいる訳ではなく、むしろ、先生に憧れてこの道に進んだのであって・・・。」
先生は、静かに首を横に振っていた。
「私の教育は、やはり、間違っていた。」
「そんなことは・・・。」
「・・・恨んでいて欲しかったのだよ。」
教頭の目には、涙らしきものが浮かんでいた。
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