戦いの始まりⅠ
宇宙連合軍所属の二名のパイロットであるザッカリーとバートは、URUの量産型機体「エインヘリヤル」でニアムーンへと侵入していた。
ヘルメットから鬼の角のように生えた二本のアンテナ。丸眼鏡をかけたようなカメラアイ。それを顔として認識するなら、少しばかり間抜けに見える。
しかし、肩には亀の甲羅のような物がついていて、そこから伸びる腕には銃が握られていた。秒間10発の高エネルギービームを放つサブマシンガン。大気中では威力が減衰してしまうが、それでも建物を破壊するのは容易い威力を誇る。
寸胴な腹部に幾つもの瓦礫が当たる中、二人は通信を試みていた。
「ザック、聞こえるか?」
「バート先輩。感度良好です」
重力嵐で通信が安定しない中、近距離で通じることに二人は安堵する。
現在、艦長の命令で破損した艦から投げ出された新型機体のプロトタイプ。その最終段階の機体を回収に向かっていた。
「任務に出たら先輩も後輩もないと言ったはずだ。ブースターを全開にしろ。万が一、あの積み荷をEMUのくそったれ共に奪われてみろ。大変なことになるぞ」
「ですが、この乱気流。少しでも操作を間違えば、頭から真っ逆さまです」
「ザック、自分の感覚を信じろ。こういう時の為に、何度も運動プログラムと補助AIを調整してたんだ。行けるさ」
そう言って、バートは着いて来いと言わんばかりにザックの前に躍り出る。背中にある二つの噴射口と大きな翼、足裏から炎が噴き出て加速を開始すると、あっという間に乱気流を突破して、機体を安定させた。
「コンテナの発信機の信号をレーダーで捉えた。現在地から十時方向……ちっ、結構離れてやがるな。緊急用の着陸装置が起動したんだろうが、もう少し空気読めや。ザック、着いて来てるか?」
「な、何とか!」
「幸い、住人はコロニーに避難済みのようだな。尤も、条約違反の誹りは免れないだろうが」
背後で都市部へと墜落していく索敵艦を確認して、バートは呟いた。
五年前の第二次ニアムーン大戦後、この宙域では非武装。または、銃火器類の武装封印での活動が義務付けられている。
それに違反した場合、地球保全連合軍との戦い。すなわち、第三次ニアムーン大戦が勃発することを意味していた。加えて、今まで中立を保っていた国が、敵国に回る可能性もあり、更に宇宙開拓連合側の立場を窮地に追いやることになる。
「ま、こっちの今の代表は元々、アレを使って奇襲をする予定だったんだ。軍法会議にかけられても、死刑にはならねえから安心しろ」
「そ、それならいいんですが……」
ザックの不安そうな声を意に介さず、バートはほぼ平地になってしまっている都市部の上空を飛び続ける。
十年前と五年前、二度の大戦がこの宙域で行われたにもかかわらず、コロニー外部の装備は対隕石・宇宙ゴミ用の破砕装置のみ。内部に至っては、迎撃する装置の気配すらない。
あまりにもお花畑過ぎる平和主義思考にバートは鼻で笑った。
「平和って言うのは、次の戦争をするための準備期間だ。短期間に二度も戦争の恐ろしさを味わっている癖に、それがわからないのは愚かを通り越して、罪以外の何物でもない。仮に死んじまったとしても、それはてめえの自業自得だってんだ」
「……」
「ザック覚えておけ。自らを守る術を持たない輩は、死んでも文句が言えないってな。ほら、お目当てのブツだ。さっさと回収するぞ」
地面を抉り、木々を薙ぎ倒して、ようやく止まったであろうコンテナの姿をモニターごしに見つけたバードは着陸態勢に入った。
ザックもそれに追随し、ゆっくりと降下する。
「――――っ!」
着地と同時にザックは身を固めた。
重力制御装置のおかげで、どんなに動いても衝撃がコクピットまで届かないが、必要最低限の重力や浮遊感は感じられるようになっている。着陸や急加速で思わず歯を食いしばりたくなるのは、まだ、経験が足りないからだろう。
安堵のため息を吐いていたザックの耳に、バートの通信がノイズ交じりに入った。
「――――ック、今、機体――――、乗り込み口が動いて、なかったか?」
「あ、すいません。見てませんでした」
「――――武器を構えろ。俺たちより先に、誰かが辿り着いてたかもしれん」
「了解」
警戒した二機が横たわる機体へとゆっくり距離を詰めだした。