不穏Ⅴ
どうしたものか、とアリスがおもむろに視線をテレビに移すと、画面が会見場のような場所に切り替わった。画面の端からは、エリシウムの総理大臣である小西が歩いて来る。
「えー、キンメリア軍の大規模な移動に伴う臨時の記者会見を行います。始めに小西総理大臣から発言がございます。皆様からの御質問は、その後にお受けいたします。それでは小西総理、よろしくお願いいたします」
スーツ姿の中年男性が、表情を強張らせて返事と共に小さく頷く。
服装こそしっかりとしているが、目の下にある隈などを見ると、かなり疲れているのが伺えた。一昨日のニアムーンコロニーにおける事件から、ほとんど寝ていないと思ってもおかしくないほどの顔色に別の意味で心配しそうになる。
「現在、キンメリア軍が大規模な南下をしていることを関係各所よりの報告を受け、把握しております。また、キンメリアには外務省を通じて、どのような意図を以ての軍事行動かを問い合わせていますが、依然、返答はありません。既に現在の社会情勢下に置いて、我が国に対する威圧行動になりかねないと抗議も同時に行いましたが、それについても一切の返答がないままであります」
小西は淡々とキンメリアが緊張状態を作り上げていることを説明し、この状態が続けば、一週間以内にキンメリア軍が国境付近に展開されることを告げた。
「戦線の布告も無しに攻撃をする可能性も予見され、国民の皆様にはシェルターなどの避難経路の確認をお願いしたいと申し上げます。尚、緊急時に際してはサイレンで避難警報を発令することが考えられます」
国としてはキンメリアに連絡を取りつつ、最悪の場合に備えてエリシウム軍を配備する。国民は緊急時に避難できるよう準備を整えておく。事態が動くまでは今まで通りの生活を続けるようにと説明が次々に小西の口から紡がれていく。
「ほら、まだ時間的に猶予はあると見て問題ないでしょう? でも、その時が来るという覚悟だけはもっておいた方がいいわね」
「母さんたちって、変なところで肝が据わってるよね」
「それも誉め言葉として受け取っておくわ」
一通り国側の説明が終わった所で、記者たちが挙手をして質問をする状態になった。その様子を見ながら、美亜は台所の下のスペースからオレンジ色のナップサックを四つ取り出した。
「とりあえず、いつでも避難できるようにこれは出しておくから。間違っても中の者に手を出さないでね」
「お母さん、流石に幼稚園児じゃないんだから、避難用の食べ物を勝手に食べないって」
「あら、小学生の時に中にあった乾パンを勝手に食べちゃって怒られたの。一体どこの子かなー?」
香織が呆れた様子で美亜へと言葉を投げかけるが、逆に美亜から恐ろしく鋭利な一言が返って来た。思わず香織は顔を真っ赤にしながら、ロンとシャルの表情を窺う。すると、シャルが面白いことを聞いたとばかりにニヤニヤとしていた。
「へー、香織ちゃんは顔に似合わず食いしん坊タイプか」
「ち、ちがっ!? 消費期限が切れそうだったから、もったいないって思って!」
慌てて立ち上がる香織の前にナップサックが一つ置かれる。
「じゃあ、自分で持っていても大丈夫ね。間違っても、避難前に勝手に中を開けちゃだめよ」
「ぜったいにあけるもんかっ!」
幼子のように力強く宣言する香織に、皆の顔が綻ぶ。それを見た香織が顔を真っ赤にして、やり場のない怒りを両手を突き上げて雄たけびを上げることでしか消化できないのも、少しではあるが戦争が近いかもしれないという考えを忘れさせてくれていた。
「うう、何でこんな目に……これも問題を起こしたURU軍のせいか……」
「いや、それは絶対に違うと思う」
呻く香織にアリスは追撃の一撃を放つ。その重みに耐えきれず、香織はソファへと倒れ伏した。




