不穏Ⅱ
次々に入って来る情報にアリスたちは、呆然とテレビを前に立ち尽くすのみだった。
やがて、シャルがどさりとソファに腰を下ろす。
「キンメリアが侵攻を開始?」
「いや、そうと決まったわけじゃない。だけど、どう考えてもこれは――――」
ロンは否定の言葉を探しているようだが、なかなか口から出てこない。
そんな中、テレビでは宇宙空間でEMU軍とURU軍の戦闘が行われたと追加で臨時ニュースが入る。アナウンサーが矢継ぎ早に原稿を読み上げる中、画質の悪い映像が映し出された。
何かしらの妨害電波か、或いは艦に被弾したダメージ故か。砂嵐が混ざったような画質で戦闘をしている映像が流れる。時折、何かが爆発したような光や金属が擦れるような音も記録されている。
そんな中、対レーザー用に展開されていた煙幕を何かが貫通していくのがスローモーションで映った。
「おい、まじか!? 宇宙空間における連射式実銃の使用はデブリ抑制条約違反だぞ!」
「何なんだ? そのデブリ抑制条約ってのは」
ロンが驚愕の声を上げる中、ジョンは腕を組んで映像を見たまま疑問の声を上げた。
「読んで字の如く、宇宙ゴミをまき散らさないための条約さ。目的は主に二つ。一つは起動エレベータやコロニーなどを守る為。もう一つは貴重な地球の資源を再利用する為だ」
前者は高速度の銃弾や瓦礫が宇宙空間施設を破損させないようにすること。空気抵抗のない宇宙では、一度ついた速度は減速させることが難しい。それが激突すれば、壁などに穴が開いて大事故につながる可能性がある。
後者は一度宇宙で吹き飛んでしまった物体は回収が困難になりやすい。地球の大地は広大であるが、その地中に眠る資源は無限ではない。それを採掘し尽くすのには途方もない年月が必要になるが、だからと言って、無駄遣いしていいわけではない。
その為、戦闘時であっても、大破した艦は戦闘を継続してはならないし、敵もそれ以上の追撃はしてはならない決まりがある。実際に、ジョンがネームレスを駆って、駆逐艦二隻の片方を蹂躙した際、無傷の駆逐艦が降参したのも、そのデブリ抑制条約を踏まえた上で無駄な戦闘はしないという判断を艦長がしたからだろう。
「トライエースには適用されないんだな」
「そりゃあ、艦に比べて小さいからな。ビーム兵器をまともに喰らったらどうなるかは、ジョンが一番知ってるだろ。何機も撃墜してるんだから」
実弾が撃ち込まれ、装甲が火花を上げている様子を見ながらロンは両手を握りしめている。
「もう、形振り構わずって感じで、もう何して来るかわからないかも。もしかしたら、URU軍だけじゃなく、キンメリア軍も同じようなことをしてくるって考えるべきかな?」
「そんなのお姉ちゃん当たり前だよ。宣戦布告も無しに、軍を国境に向かわせるような奴なんて、ルールを最初から守る気がないに決まってる!」
香織がテレビを指差して声を荒げる。
そうしている間にも映像はどんどん移り変わっていき、新たに上部に新しいテロップが表示された。内容は、エリシウム総理大臣の緊急記者会見についてだ。既に政府もこの事態を危険と判断しているらしく、かなり早い段階で会見を開くことを決断したらしい。
「小石総理か。元々、ニアムーン大戦後に国防第一主義的な考えで当選した人だろ? そう言う意味では、この国も運が良かったな」
ロンは半分解けてしまったアイスをかきこみ、テーブルに置く。カップの周りに着いた水が滴り落ち、テーブルで水羊羹のように丸くなる。
冷房の風が吹き、心地良いはずなのに、テレビから聞こえてくる言葉、見える映像、それら全てが気分を悪化させ、鳥肌を立たせる。
そんな中、上の階から足音が聞こえてくると、しばらくして、リビングに園原夫妻が入って来た。




