確認Ⅰ
軌道エレベーターを降りたコナーは物珍しそうに辺りを見回した。
「コナー、あなた、エリシウムに来るのは初めて?」
「えぇ、そういうミリーさんは?」
「コペルニクスからは近いから。観光で何度か来たことはある。特に食べ物がおいしいから、何度来ても飽きない所が素敵ね」
ジーパンに大きめの白いTシャツを着たミリーが、大きなボストンバックを肩に背負い直しながら微笑む。
コナーは食べ物が上手いという話を聞いて、思わず腹を擦った。昨夜、レオン艦長の指示で巡洋艦「コーラル」の乗組員はいくつかの部隊に再編成されることになった。
ドック入りで当分巡洋艦が使えないのだから、当然の判断だ。だが、コナーやミリー、その他複数のオペレーターや整備員といった者は、何故かエリシウムに向かうように指示をされた。
航宙艦生活に必要な物と軍施設を出る用の荷物をまとめて、エリシウムのとある場所に向かうこと。その際には、観光もして構わないとまで言われている。
「でも、本当にラッキー。有給休暇も使わずに観光して大丈夫だなんて、こんな時によく上が許可を出したものね」
「こっちに降りて来たのは俺たちみたいに比較的若い奴が多いですね。一、二割くらいがベテラン勢って感じですけど」
コナーは次々に積み荷を受け取る同僚たちを見ながら、眉をしかめる。
宇宙では、いつEMU軍とURU軍の戦いが始まるかもわからないという時に、何故、自分たちが地上に降ろされなきゃいけないのか、と憤っていた。
そんな彼の背中をネームレスを担当していた整備員が叩く。
「俺たち老いぼれや未来ある若者は戦場に出るなってことかもしれんな。はっはっはっ」
「ブラックジョークでも言って良いことと悪いことがあるぞ。メイソンじいちゃん」
「それか地球保全連合に協力的な国にも攻撃を仕掛けようとするバカが出るかもしれん。こっちで何か軍が動くぞって脅しを入れてるとかかもな」
コナーは本気か嘘かわからないメイソン整備員にどう答えようかと頭を掻きむしる。
そもそも軍服や証明証などを持ってきてはいるが、当然ながら銃の傾向はしていないし、自身の愛機など以ての外だ。それ故にエリシウムで何か起きたとしても、コナーは丸腰も同然で何もできることはない。
「とりあえず、軍用の荷物は所定の場所に送って、数日はゆっくり過ごすってことになるんだろうけど、こっちの荷物を持ったまま歩くのも大変だから、まずは宿に荷物を置きに行きましょうか」
「そ、そうですね。えっと、確かここから東に五キロほどの海側の宿か。もしかすると、海水浴とかもできるかな?」
ミリーの発言に、コナーは携帯端末を弄って指定された宿泊施設を確認する。
エリシウムにEMU軍の療養施設があるはずもなく、一般の旅館的な施設であることがわかる。しかも、若いコナーからすると一泊の値段が本当に合っているのか目を擦りたくなるほどのものだった。
一泊で五桁の先頭の数字が一でないことに驚きを隠せない。
「これ、実は本当にメイソンじいちゃんの言う通り、退職旅行のプレゼントとかじゃないですよね?」
「私はそんな話聞いていないから安心していいと思うわよ。ま、仮にそうなったときは、しっかりと弁護士にお願いして毟り取るつもりだけど」
「……相変わらず、逞しいっすね」
「誉め言葉として受け取っておくことにする」
コナーは何とか、今回の件を次の実践に向けた英気を養う時間だと自分に言い聞かせる。
既に到着している市内バスへと歩いていると、後ろにいたメイソンがぼそりと呟いた。
「コナー、今回のこの指令。休める時に休んでおけ」
「な、何だよ。急に」
「ニアムーン大戦の時もこんな空気感が漂ってたんだ。お互いに砲塔を突き合わせながら、心のどこかで戦いなんて始まらねえだろうってな。意外とその時は近いかもしれねえぞ」
コナーは今までに見たことがないメイソンのぎらついた目の光に圧倒される。命のやり取りを昨日やり終えたばかりの自分が身震いしそうになるほどの気配に、コナーは生唾を飲み込んだ。
「――――あ、あたたた、重い荷物が肩に食い込む」
「あぁ、もうじいちゃん、俺が運ぶから貸して!」
思わず荷物をメイソンは地面に放り出すと、コナーはそれを空いた手で担ぎ上げる。メイソンの背中を擦りながら二人はバスへと乗り込んだ。




