平穏Ⅶ
身支度を整えて庭へと出ると、雲が僅かに浮かび、ゆっくりと風に流されていた。
南半球における十二月は気温は高めなのだが、今日は風があり、涼しく感じる。それでもアリスは日焼け止めを塗ることを忘れずに、つばの広い帽子を被って対策していた。
庭は一面芝生が生い茂り、響がしっかりと手入れをしているおかげで、今すぐにでも寝転がりたくなるような緑の絨毯と化している。その中心ではジョンが体側を伸ばしており、何故かアリスはその姿が近所の公園にいるお爺ちゃんのように思えた。
「何か、面白かったか?」
「あ、大丈夫です。気にしないでください。魔法使いの人って、部屋に籠っているイメージが大きかったので、体操とかするんだなって」
アリスが思ったことは流石に言えないと誤魔化しながらも、実際に気になっていたことを口にするとジョンは伸脚しながら、唸り声を上げる。
「そこら辺はこっちの世界でも大差ないと思う。大学教授って言われて、研究室に籠る人もいれば、フィールドワークに出る人もいるだろうしさ。俺たちの場合は魔物を少しでも減らして安全にしたり、お金を稼いだりするから」
或いは研究資料の為に魔物の体の一部が必要だとか。そう言って、ジョンは己のコートを示した。蜘蛛の魔物の糸やよくわからないものの体液などを用いて作られた繊維で高名な人物の作なのだとか。
日々、科学の代わりに魔法が主軸となって研究が進められていく世界。それ故にやり方や目的に多少の差異はあれども、人の営みという範囲での考え方は似ているのだとアリスは理解した。
「じゃあ、ジョンさんもそれなりに?」
「まぁ、自分が望んだか望んでないかを問わずに答えるけど、それなりに戦ってきたし、稼ぎもした。死にかけたのも、その分だけ多いけど」
前腕を伸ばしながら、ジョンは苦笑いする。
アリスはその「死にかけた」というのが、嘘偽りのないものなのだと考え、その原因を想像してみた。
例えば、昨夜の例に出たドラゴン。そもそも大きさ的に人が敵う大きさをしていない。吠える声だけで鼓膜が破れそうだし、尻尾で薙ぎ払われたら複雑骨折は不可避だろう。それに加えて、炎なんて吐いて来た日には、一体どうやって生き残れというのか。
脳内シミュレーションをした結果、アリスの場合は最低でも焼死、圧死、よくて頭からガブリという死因が再生された。何とか自分が魔法を使える未来を想像してみたが、魔法の箒に乗って逃げ回ること位しか想像できない。
「あー、私だったら、何回死ぬかわからない世界ですね」
「いや、ちゃんと魔法を学べば自衛くらいはできるし、何だったら魔法を使わなくても物理で魔物を追い払っていた村とかもあるから」
「何か、ゲームとかでいう魔王とかも居そうですよね」
「――――」
アリスはジョンが表情を強張らせて視線を逸らしたのを見逃さなかった。
「え、本当に居るんですか?」
「えっと、まぁ、はい……」
可能ならば答えたくないという様子で、ジョンは渋々頷いた。
アリスは今までのジョンの受け答えの様子から、何となく自分に深く関係する話だと誤魔化そうとする――――或いは真実は述べながらも確信話さない――――癖があることに気付いていた。
その思考から出た結論は、ジョンもその魔王に関係する立ち位置にいたということ。
「――――実はジョンさんが魔王で、勇者にやられそうになって異世界に逃げて来た、とか?」
「何で俺があんな化け物と一緒にされなきゃいけないんだ!」
そう言い切った後、ジョンはしまった、という表情になる。これでは自分が魔王を見たことがあると宣言しているようなものだ。
「――――もう、何も話さない」
「ご、ごめんなさい。この話は秘密にしておきますから、ね」
慌てて、謝るアリスだったが、ジョンはわざとらしく腕を組んで、そっぽを向くふりをする。




