出会いⅤ
木々に囲まれた平坦な道を息を切らせながら、三人は駆けて行く。やがて、自分たちの学び舎が見え始めた。見慣れた校舎の姿に三人に安堵の表情が浮かぶ。
直後、遠くから鳴り響くサイレンを掻き消すかの如く、轟音が押し寄せた。
「もしかして、航宙艦が!?」
ぶわり、と風が巻き起こるのを感じて、アリスは血の気が引いた。
ここは月の公転上にあるコロニー。当然、外は気圧など存在しない真空の世界。強化ガラスが破れれば、中にある空気は外へと放出されてしまう。
「大丈夫だ。このコロニー内にある空気は、そう簡単に減りはしない。それよりも落下物が近くに――――」
ロンが落ち着かせようと説明をするが、その途中で口の動きが止まった。
先程の轟音とは別の音が聞こえて来たからだ。しかも問題は、それだけではない。だんだんとその音が大きくなってきていた。
「まずいぞ。何かこっちに来る!?」
そう叫んだ瞬間、木々が折れる音と共に灰色の巨大な物体が横から現れる。
反射的に仰け反って後ろへと倒れ込むロンを、後ろからシャルが支えた。
「あ、ありがと……」
「いいよ、そんなこと。それより、これ何だ?」
シャルはもちろん、三人の視線は目の前の物体に引寄せられる。
本来ならば自分たちの身長を遥かに凌ぐ高さのコンテナらしきもの。ただし、今は地面にめり込んでいるせいで、何とか乗り越えられるくらいの位置にある。横幅もかなり長く、10メートルを優に超えていた。
片側は有刺鉄線のフェンスにめり込み、もう一方はかなり地面が抉れているのが見える。
「衝突した航宙艦の貨物? そうだとしたら、かなり近い所に墜落した可能性が高いかも。早く、ここから逃げないと!」
「回り道してる時間がもったいない。これを何とか乗り越えよう」
ロンは真っ先にコンテナへと駆け寄ると背中を預けて、両手を組む。
「俺が踏み台になる。この手と肩に足をかけて登って!」
「登って、って。お前はどうするんだよ?」
シャルが驚愕するが、ロンはまっすぐに見返した。
「二人が先に登って、両手で手とか服でも掴んで引き上げてくれればいいさ。ほら、早く!」
一瞬、アリスとシャルは目配せするが、背に腹は代えられないと頷いた。
「あたしが先に行く。その方がアリスも登りやすいでしょ」
そう告げるや否や、持ち前の運動神経でロンの肩を使わずに上へと登る。ふわりとスカートを翻しながら振り返ったシャルは、アリスへと手を差し伸べた。
アリスはその手とロンを見ながら、ごくりとつばを飲み込む。そして、意を決してロンの手へと足を乗せた。シャルの手を掴みながら一気に跳び上がる。
下から小さくロンが呻く声が聞こえたので、申し訳なさでいっぱいなるアリスだったが、それよりもロンを引き上げる方が先だと振り返った。
「ほら、ロン君。手を!」
「……いっせーの、で!」
掛け声を合わせて、体がロンの腕や首の後ろの服を掴んで持ち上げる。
しかし、高校生とは言っても女子二人の力ではなかなか男子高校生を持ち上げるのは厳しいものがあった。歯を食いしばって引っ張るのだが、なかなか体が浮かない。
「だめ、かも……」
アリスがそう呟くと、不意にロンの体が軽くなった。いや、正確には自分も含めて、身体が空中に浮きかけていた。
「また、重力が――――!?」
無重力一歩手前の状態で勢いがついてしまった三人は、手をつないだまま後方に回転する。コロニーの天井と木々の緑、灰色のコンテナの混ざった景色が流れて行くのを見ながら、アリスたちは悲鳴を上げた。
時間にして数秒。このまま、空中に高く投げ出されるのかと恐怖に怯える三人だったが、重力はすぐに元に戻った。
「いたっ!?」
幸いにも三人が放り出された場所は、ほとんど落差が無く、転んで尻もちを着く程度の衝撃。目尻に涙を浮かべながらも目を開けた三人は、周囲を見回して絶句した。
「――――トライエース!?」
三人が座っていたのは、鈍い光を反射するトライエースの胸部装甲部分だった。