地上へⅡ
午後十一時を回った頃、ようやく軍港ベータから軌道エレベーターへの移動が完了した。
「これで深夜零時を越えるのが確定か。濃い一日だった」
ロンが欠伸をしながら搭乗口へと移動する。彼からしてみれば、空に吸い上げられ、宇宙空間に放り出されと散々だったはずだが、どこか晴れやかな顔をしているのは気のせいではない。
「その割には嬉しそうだけど?」
「あったりまえだろ。こちとらトライエースが好きで工業高校に来てるんだ。こんな貴重な経験したら、テンションも上がるさ。まぁ、犠牲になった人がいるのは喜べないけどさ」
軍港のモニターで見たURU副代表の声明を思い出したのか、ロンの表情は気まずそうになる。その視線は前を歩いていたシャルへと向けられるが、当の本人は笑っていた。
「あぁ? 気にするなって、別に父さんがやられたわけじゃないし。それにあたしだって、さっきまで駆逐艦がああで、こうでってはしゃいでたんだから不謹慎はお互い様だろ? 別に公衆の面前で喜んでたわけじゃないんだし、ノーカンノーカン」
重力力場の無い無重力空間で、ひも状のものに捕まって移動しているのだが、シャルは器用に体を反転させて振り返る。
「シャルが言うと途端に不謹慎に聞こえるから、やめておいたら?」
「な!? アリス。そりゃないだろ」
アリスも同じように長い通路の終点がまだ先であることを確認して振り返った。スカートが翻ると、ロンとジョンが思わず揃って顔を逸らす。
「あ、別に見えても大丈夫ですよ? 体操服なので」
「いや、そういう問題じゃない。スカートの中が見えるという状態が、そもそも精神衛生上よくないんだ」
ジョンが片手で両目を塞ぐようにして、注意の声を上げるが、二人は特に気にした様子はなく首を傾げる。むしろ、その様子が面白いので揶揄いたくなる気持ちが湧いてきた。
「ふーん。ジョンさんって、こう澄ました感じがしてたんですけど、意外な一面があるんですね」
「人として当然の反応をしたまでだ。よくこれで今まで生活できたと、逆にこちらが感心する。勘違いした男に襲われるぞ?」
「うーん。その点の心配は無いですよ? あちこちに高性能監視カメラとかがあって、何かしようものなら数分で警察が駆け付けます」
「人を殺すのには一秒あれば事足りる」
ジョンはため息交じりに告げるが、アリスはその意味が理解できず首を傾げる。まるで本当に人を殺したことがある人みたいな言い方だったのも気になった。
まさか、本当に人を殺したことがあるのかという考えが脳裏を過ぎるが、不意にシャルがアリスの腕を突いた。
「え? 何?」
「アリス、前!」
下らない会話をしている間に通路の終点が近付いてきていた。体の向きを元に戻し、到着の姿勢制御に備える。用意されていたクッション材に手を当てて、次々に軌道エレベーターのシャトル搭乗口へと到着。そのまま、前方に表示されている案内に従って中へと進んでいく。
概形は新幹線の一両分で両側がカモノハシのような形をしており、中もぱっと見で五十人以上が座れるようになっていた。
ロンが説明するにはリニアモーターカーの要領で加速、減速時はそれに加えて段階的に空力ブレーキや車輪で物理的にブレーキをかけるのだとか。
「俺の知っているリニアは減速機構は回生ブレーキとして使われてたが、こっちの世界だと減速も同じなのか」
「まぁ、タイミングの問題とエネルギーの問題だろうね。地上で使う場合は、その方がエネルギーロスが少なそうだしな。適材適所ってことだろう」
「よく軌道エレベーターに重い物を作ることができたな。自重で壊れないのか?」
その素材重量は最低でも三千万トンを超える。異世界から来たジョンにとっては、その重さに耐える素材が不思議で仕方がないらしい。ロンとジョンの会話を尻目に、アリスはジェットコースターよりも厳重に体や頭自体を固定するベルト的な物が自動で装着されるのを待った。もはやそれはベルトというよりは一種のカプセルに近いと言っても過言ではないだろう。




