出会いⅣ
ロンは自転車を降りるとシャルに向かってチケットを見せびらかせながら、ニヤリと笑みを浮かべる。眼鏡の奥で緑色の目がキラリと光った。
「そういえば、僕のこと、勉強しかできない奴だって馬鹿にしてたよな? どうだ? これで勝負して負けた方が二人分の料金を払うって言うのは。あぁ、もちろん、僕が負けた場合はアリスの分も払ってやるよ」
「おっし、言ったな!? その勝負、受けた!」
毟り取るようにチケットを奪うと、シャルは拳を突き上げた。
その様子を見ながら、隣でアリスは、またか、と額に手を当てる。
この二人が事あるごとに衝突するのは、今に始まったことではない。今回はロンが喧嘩を吹っ掛けたような形だが、シャルの方から突っかかることも少なくない。
「喧嘩するほど仲が良い、ってことかな?」
「「良くない!」」
アリスは髪を右手でかきあげて、二人の否定を聞き流す。このまま、二人を放っておくといつまで経っても話が進まない。
「あー、はいはい。さっさとボーリング場行こうねー。とりあえず、ロン君。私も貰っちゃっていいの?」
「あぁ、構わないよ。ただ同然で手に入れた物だから、僕の懐は痛まないんだ」
「そう? じゃあ、ありがたく使わせてもらおうかな、ありがとね」
シャルから受け取ったチケットを確認して、アリスは感謝を述べる。
少し口は悪いが、ロンは決して意地悪な人物などではない。むしろ、積極的に学級の中で勉強に困っている人を見つけて、助け舟を出す人気者だ。
時々、イラっとさせられることはあっても、大抵のクラスメイトは苦笑いで済ませられる程度には関係性が構築されている。
「よし、早速、戦場に――――」
シャルが意気揚々と踵を返した瞬間、耳を劈くようなサイレンが鳴り響く。
「な、何!?」
アリスが思わず辺りを見回す。
地球ならば、地震や津波などの自然災害が起きた際に使われる物だが、ここは宇宙空間に浮かぶコロニーだ。自然災害ではなく、何かしらの事故や事件による大火災や破損であることが多い。
「市民の皆様にお知らせします。本コロニーに制御を失ったと思われる航宙艦が接近しています。至急、お近くのシェルターまで避難してください。繰り返します――――」
サイレンが止むと同時に、あらかじめ用意されていたであろう録音された女性の音声が流れる。
その意味を一瞬、アリスたちは理解しきれず、呆然とその場に突っ立っていた。
「おい、シェルターってどこだっけ!?」
「ちっ、現在地からの最寄りのシェルターは!?」
シャルの問いかけに、ロンは自転車を投げ捨てると携帯端末に音声検索をかけた。
一秒と経たずに表示された画面を見たロンが、片手を挙げて着いて来いと走り始める。
「最悪だ。ここだと学校に戻るのも微妙な距離になる。ボーリング場についてたら、すぐ隣にあったのにな」
「でも、コロニーのセンサーの範囲ってかなり広いんでしょ。それなら、仮に衝突するとしても避難には十分間に合うはず……!」
アリスがそう告げた直後、地面が小刻みに揺れ、身体が浮き上がる感覚が襲ってきた。
「え? なに!?」
「重力場に異常!? まさか、近くに重力嵐でも発生したか!?」
シャルが慌てて、近くの手すりを掴んで、空いた手でアリスの腕を掴む。
アリスもその腕を伝って、手すりを掴むことに成功する。十数秒、身体が浮き上がりそうになる状態に耐えていると、唐突に体が地面に引っ張られた。
三人とも口から痛みを訴える呻き声を上げながらもすぐに立ち上がる。
「大丈夫か!?」
ロンが心配して振り返るが、すぐにシャルとアリスが立ち上がったことを確認すると、再び走り出す。
シェルターまでは携帯端末の表示によるとおよそ十分。駆け足であることを考えれば七分ほどで到着することが可能だろう。