交戦Ⅲ
スルーズが僅かに揺れる。出撃滑走路へと移動していることに気付き、ミリーはエンジンと推進装置の最終点検に入る。
「気密隔壁閉鎖完了、カタパルト固定よし。ハッチ開放、進路クリア。発進準備完了。――――どうぞ」
「ミリー・ブライアント。ハンター013。出撃します!」
直後、ミリーの体がシートへと押し付けられる。3G近くの加速度が襲うが、ミリーはそれをぐっと体に力を入れて意識を保った。モニターが揺れる中、漆黒の海が目の前へと迫る。
右足のペダルを踏みこんだ瞬間、背後のブースターから炎が噴き出す。ただ炎と言っても、物が燃えているというには余りにも鮮やかな緋色と紫。とても推進剤が燃えている色には見えないそれは、エンジンで得られたエネルギーをそのまま噴射し、着火させることでのみ得られるADエンジン特有の噴出炎だ。
ミリーは操縦桿を動かして、ビームが飛び交う左舷へと機体を向ける。レーダーに映し出された情報を読み取ると、自分のスナイパーライフルで当てられる距離まで少し近付く必要があった。
「最初の加速だけで、あとは慣性に任せて接近。機を見て狙い撃つ」
再び、ペダルを踏んで加速させながら、当てやすそうな敵機を探し出す。
動きが単調、反応が鈍い、回避パターンに癖がある。そんな機動を読み取っていく。そんな彼女の横を同じスルーズが通り過ぎて行った。
「コナー、気を付けて」
「言われなくてもわかってますよ」
通信越しに注意を促すと、コナーは一気に加速して交戦宙域に突撃していく。
そんな彼の装備は一般的なスルーズのものと同じ。盾を構えて、その陰からビームを連射していく戦闘スタイルになる。
心配そうにコナーの背中を見守る中、味方の通信がノイズ交じりに聞こえて来た。
「こちらハンター008。盾が破損した。念の為、換装に戻る」
「(盾が破損? コーティングシールドは、同一カ所へのビームライフルの直撃に数十発は耐えられる設計の筈。敵のビームライフルの出力が想定より上?)」
僅か数年で、更に技術を伸ばしているなどよくある話だが、それでもミリーは聞こえた報告に耳を疑った。もし、それ以外の部分も向上しているならば、敵対しているURU軍の認識を改めなければならない。
それができなければ、死あるのみ。油断した者から死んでいくのが戦場の常識だ。それは、例え離れている場所から狙撃をしようとしている己も同じ。
高倍率カメラへと切り替え、ヘルメットのガラス部分にはレーダーの映像を投射して敵機の動きと二重に把握する。盾を構えながら、照準を合わせるために息を潜める。
やがて、一機のエインヘリヤルがビームを発射後、スラスターを吹かすのが見えた。
ミリーがそれを視認した瞬間に右手の人差し指が動く。
ビームの速度は光には当然及ばないものの、近・中距離で見てから避けるのは不可能な超高速。弾速の変わらないスナイパーライフルの長距離射程からで、やっと躱せるかどうか運次第というところだ。
「――――よし」
そんな彼女の放った一撃は、エインヘリヤルの右肩に命中した。当たり所が微妙に悪く、背面の右のスラスターごと右腕が吹き飛んでいる。
攻撃手段を失った状態で継戦は自殺行為。すぐに引き上げていくのを見送って、次の獲物を探す為、焦点をヘルメットに映し出されたレーダー映像に絞る。
すると、機体内に警告音が鳴り響いた。
「くっ、駆逐艦からのレーザー!? もう、こっちの位置を把握したの?」
いくら相手にもレーダーがあるからと言って、そう簡単にトライエースにレーザー兵器を使用することはない。何せ、常に左右上下と動き回りながら戦闘する小型兵器に、照準を合わせ続けるのは至難の業だからだ。
それをスナイパーがいると把握してから、狙いをつけるまでの時間は僅か十秒。相当、腕のいい何者かが駆逐艦内にもいることにミリーは驚きながら、機体を加速させて不可視のレーザーを振り切った。




