交戦Ⅰ
第四惑星近軌道コロニー。
URU副代表のルードルフ・ニーグレンは部下から入った報告を聞き、舌打ちをした。
「ニアムーンコロニー宙域で重力嵐だと!? おまけに索敵艦が墜落した挙句、積み荷を消失。トライエース二機が拿捕? ふざけるのも大概にしろ!」
テレビに映っていた時とは似ても似つかない、怒りに染まった顔で怒鳴りつける。
モニターに映っている相手は、服装からしてURU軍所属。しかも、かなりの高い地位にある人物に見えた。
「し、しかし、実際に墜落した索敵艦から送られてきた情報でして……」
「情報の正確性の話ではない。起きてしまった事実の話に対して言っているのだ。今回の作戦は、失敗するわけにはいかんのだぞ! 初手で躓いてどうする!」
現在、URU代表の地位は空席のままだ。正確には代表のフレデリックが暗殺されかけたため、ここ数年は病院で療養、警護されながらの指示が飛んできている。
もちろん、そんな状態では議員たちを纏めることはできず、彼の派閥は瓦解しかけていた。
対して、そこに付け込んだのがルードルフだ。元々はハト派のフレデリック自身が、多様な意見を受け入れるという形で抱き込んだ存在だったが、彼はそれを恩とも感じずにEMUに対して、侵略をしようと計画していた。
「まぁ、いい。新型機とはいえ、数年前に見捨てられた石像だ。博士には悪いが、それに構っている余裕はない」
「――――と言いますと?」
軍人の問いかけに、ルードルフはにやりと笑みを浮かべた。
狂気じみたその表情に、二度の大戦を乗り越えた軍人ですら、思わず顔が強張らせる。
「第三次ニアムーン大戦の開幕だ。喜べ少将。フレデリックの奴が勝手に決めつけた我々の敗北。その汚名を雪ぐ瞬間が訪れた」
「おぉ、おぉ、遂に、その時が……」
声を震わせ、目尻に涙を浮かべながら少将は笑みを浮かべる。彼もまたその瞳に狂気を十分に宿しているのが伺えた。その様子にルードルフも満足したのか、両手を広げて少将
「私は宣戦布告の内容を確かめた後、撮影して、それを送る準備がある。何分、開戦理由が変わってしまったからな。だが悪いことばかりではない。索敵艦一隻如きで開戦できるのならば、費用対効果はかなり良い物になった」
「本来ならば戦艦一隻丸ごとの予定。随分と思い切った作戦と思っていましたが、戦力的にはかなり助かりますぞ」
相手に攻撃を受けたように見せかけて轟沈させる。そのまま、正当防衛として一気に攻め込む予定であった。
少将の配下の艦隊は、既に配備についており、いつでもその照準をEMC軍に向ける準備が整っている。停戦から五年も経っていることもあり、地球付近に堂々と艦隊を派遣で来ているのは大きい。
「不意打ちできるとはいえ、油断は禁物だぞ」
「わかっております。流石に大艦隊を動かすことは不可能でしたから、やるべきことは先手必勝。反撃の隙を与えることなく、敵艦を沈めて見せます」
小規模の艦隊を複数に分けての運用。表向きは地球と第四近軌道コロニーの往復戦の護衛や、海賊行為を行う私掠船の取り締まりなど多数に渡る。
それらで一気に制圧し、制空権ならぬ制宙権を確保して、交渉を有利に進める腹積もりだった。
少将の言葉にルードルフは大きく頷くと通信を切った。
「ふっ、これでやっと動き出すことができたか。短いようで長い準備期間だったな」
天井を見上げたルードルフは感極まったとばかりに呟いた。
しかし、まだ目的達成のための実働に一歩踏み出しただけ。すぐに自分を戒めるように両手で頬を叩くと、服装を整えて別の通信回線を開く。
「どうされましたか?」
「第三ニアムーンコロニーの件で声明を出します。動画撮影の準備をお願いします」
一時間後、少将の乗る艦から指揮する艦全てにルードルフの声明動画が届く。
その内容は、宇宙開拓連合軍所属の偵察艦を撃ち落とし、その搭乗員を不当に拿捕したことを非難するものと、現時刻をもって地球保全連合に宣戦を布告する旨を示したものだった。




