見学Ⅷ
どこか姉と弟のような微笑ましい雰囲気に釣られて笑ってしまう。
「お二人とも、仲が良いんですね」
「いえ、ただ私が面倒を見るしかないだけです。彼が色々な人に喧嘩を吹っ掛けるので」
ミリーが告げると、コナーは反論をする。
それは相手の方が間違っているからだ、と。それを受け流しながらミリーは口元にスプーンを運ぶ。
「組織の中にいると、個人の正義を通し辛い。そういう意味では、良くも悪くも自分を曲げていないということだな」
「そうそう。そういうこと――――」
「今後の昇進や給料に響いてきた時に後悔だけはしない方が良い」
「…………」
ジョンの言葉に一瞬、嬉しそうな表情を浮かべるコナーだったが、すぐに固まってしまう。
現実を突きつけられて、思考がフリーズしているのかもしれない。
「まずは軍規、法律の勉強をして、その範囲を逸脱しない言動を心掛ければ上手く行くかもな。その過程で、上官の考えも理解できるようになるし、昇任試験に儲かりやすくなる。偉くなれば、それなりに発言も聞いてもらえるはずだ」
もちろん、伴う責任も重くなるが、と告げたジョンはコップに口をつける。
想定外なところからのアドバイスに、コナーは別の意味で固まったままになった。
「あなた、軍の所属の経験が?」
「一般論ですよ。軍に所属、と言われると否定できませんが、ここのような組織の枠組みとして動く軍というには特殊過ぎましたから」
どこか遠い目をするジョンが、アリスには急に老け込んで見えた。まるで、過去の戦争を思い出している退役軍人のような雰囲気すら感じる。
「そうだ! さっきからミリーさんには敬語使ってるけど、何で俺にはタメ口なんだ?」
「年上であっても無防備な人間に対して、感情で銃口を向けるような輩に向ける敬意は持ち合わせていないんでな」
「ぐっ……確かに、そんなことをした気がしなくもない」
言い返せないコナーを尻目にジョンはカレーを食べ終えると、食堂の壁にあるテレビに視線を移した。
第一次、二次ニアムーン大戦からの歩みと題して、地球保全連合と宇宙開拓連合の関係を表にまとめてコメンテーターが説明をしている。
「短い期間に大規模な戦争をしてるんだな」
「第一次は十年前。十二月の二十五日。隕石が不運にも月面基地や展開中の艦隊に降り注いでしまって、それを敵の攻撃と勘違いしたURU軍が攻撃を開始したことが原因です、尤も、そうなるまでに色々と面倒な事件があったんですけどね」
火星探査のための足掛かりとする第四惑星近軌道コロニー。それをアルギュレとサバエアが占拠して、宇宙開拓連合と名乗り始めたのが大きな転換点であったという。
アルギュレの火星資源の乱獲や密輸を問題視した当時の地球連合の議長が経済制裁を宣言し、禁輸制限をしたことに対する報復とされているが、二国による国際テロという見方が一般的だ。
「議長が丸腰でコロニーに出向いたのを、トライエースの銃器で蒸発させて大問題になったんだよな」
「最初はURU軍が秘密裏に増産していたトライエースに宇宙も地上も押されていくんだけど、途中でEMU軍が巻き返し始めて、アルギュレを包囲。ニアムーンコロニー宙域で睨み合いの冷戦状態だったとか」
それが起きたのは、まだアリスたちが生まれてから数年のことで、彼女たちも教科書やニュースでしか学んでいない知識だ。それでも、当時の映像が残っているので、自分たちがそれを経験していたような気持ちになってしまうほどに脳に刻まれていた。
「実際には、相互不可侵条約を一旦、結んだはいい者の。アルギュレ国のお偉いさんが脱出と同時に横紙破り。一触即発の所へ、隕石がドカン、だ。ま、均衡状態が崩れたらやられるって考えたり、誰かが月面基地へ攻め込んだと勘違いしたりと色々な説が出てるけどな」
コナーは頬杖をついて目を細める。成人している彼の場合は、物心ついている年頃の筈、何か思うところもあるのかもしれない。
「ま、それでもこうやって五年はお互い大人しくしてるんだ。そうそう、変なこと起きて堪るかって――――」
コナーが呟いて、スプーンをご飯の山に刺し込もうとした瞬間、艦内に警報が轟いた。ミリーとコナーの目の色が変わり、立ち上がる。
「各員に連絡。URU軍所属機が警告を無視し複数接近。スクランブル要請。至急、準備せよ。繰り返す――――」
「ごめんなさい。念の為、私たちも行かないと!」
「食べ終わったら、部屋に戻って大人しくしてろ。特にお前! 間違っても、あの機体に乗ろうとするなよな! どうせナイフだけでやれることはないんだから」
食べかけのカレーを食堂の職員に預けると、二人は食堂を走って出て行ってしまった。




