鹵獲Ⅳ
青年は肩越しにコクピットを振り返り、アリスとシャルを一度見る。少し躊躇った様子だったが、意を決した表情を見せると、レオンに聞こえるようにするためか、身体をコクピットの向けて、はっきりと告げた。
「俺はこの世界の住人ではない。別の世界からの漂流者だ。だから、この世界に戸籍はおろか、俺の両親も友人も誰一人存在しない」
「――――」
絶句。
レオンはもちろん、その声を聞いた者は誰もが口を噤んだ。
理解に苦しむ者、怒りに震える者、別世界の存在を考察する者、ただただ茫然とする者。その心の内の反応は十人十色であった。
「ふ、ふざけるな。証拠もない癖にでたらめ言ってんじゃ――――」
「証拠ならあるぞ」
振り返らずに青年はコナーの怒号に応える。堂々とした返事にコナーは眉を潜めた。
「この世界に存在しない技術を見せれば、納得してもらえる。どうですか? レオン艦長」
「……君が構わないのならば、ぜひ見たい。あぁ、声ならコックピットを向かなくても聞こえている。銃口に背中を向けるのは気分が悪いだろう。君らも少し銃口を下ろしたまえ。確かに警戒しろとは言ったが、敵対を望んでいるわけではないのだから」
レオンの指示に乗組員たちが銃口を青年から外す。コナーだけ反応が僅かに遅れたが、隣にいた女性の乗組員の視線を受けて、渋々下ろした。
「では、見せてもらってもいいかな?」
「既に見せていますよ」
「……何?」
想定外の返事にレオンは艦橋で映っている画面に目を凝らした。
「少し待ってほしい。オペレーター、映像をいくつか回してくれ。後、彼の前面が見える角度をズームに」
「了解」
青年は待っている間、暇を持て余すかのように周囲を見渡す。
肩越しに見上げたネームレスの胸部装甲は戦闘の痕が残り、ビームを受けた個所の塗装が蒸発。その下の青い金属が何カ所も浮き出ていた。ただ、アリスの説明通り、同一カ所の被弾ではなかったので大きな損傷は見られない。
「失礼。こちらからでは、何も確認できない。ミリー伍長、何か確認できるか?」
「いえ、何も」
コナーを咎めていた女性がレオンの問いに簡潔に答える。
その隣では、コナーが額に青筋を浮かべ、今にも銃口を向けようとしているのが見えた。
「わかりました。では、わかりやすくします。えーと、今、返事をされていた女性の方。ミリーさんでよろしいですか?」
「えぇ、そうですが……」
急に指名されて戸惑うミリーに、青年は左手をひらひらさせる。
「その左手、少し手すりから離してもらっても良いですか?」
「――――わかりました」
逡巡した後、ミリーはゆっくりと左手を広げる。最初は普通に立っているように見えた彼女だったが、次第に体が浮き始め、通路から離れそうになったところを再び、掴みなおした。
「ミリー伍長、何かされたか?」
「いえ、特に問題はありません」
レオンの心配する声が響くが、ミリーは至って平然としていた。
流石に痺れを切らしたようで、コナーが銃を握る手に力を籠める。
「おい、艦長の貴重な時間を無駄にさせるな。さっさと正体を明かして投降しろ」
「では、そちらに行っても構わないですか?」
「あぁ、変な真似をするなよ?」
コナーの返事に、青年は不敵な笑みを浮かべて一歩踏み出した。
「あっ!?」
そこでアリスは大声を上げる。あまりにも唐突だったので、後ろにいたシャルがびくりと肩を震わせた。
「な、何だよ、アリス。驚かせるなって」
「でも、シャル。あの人見てよ! 絶対におかしいって!」
アリスは思わず青年に指を向けて捲し立てる。
その様子を見て、コナーは胡乱気な視線を青年に向けた。青年の頭から足の先まで嘗め回すように見るが、彼はアリスの言う「おかしい」を見つけられなかったのか、不機嫌そうな顔をした。
「なぁ、そこの嬢ちゃん。何がおかしいか教えてくれないか?」
流石に身元がしっかりわかっているアリスたちを無下にはできないようで、青年とは違って、ぶっきらぼうながらも比較的丁寧に話しかける。
すると、アリスは浮かび上がってコックピットから出て来た。
「おかしいと思いませんか!? この人、普通に立ってるんですよ!?」
その一言に周囲にいた人々の眼差しが変わった。
「馬鹿な、ここの区画は重力場が無いんだぞ!?」
青年はニヤリと笑うと、これ見よがしに腕を上げたまま爪先で床を叩いた。
「俺はね――――『魔法使い』なんだ。今はそんなにできることは多くないけどね」




