戦いの始まりⅤ
――――再起動完了。
その文字がモニターに踊った瞬間、青年の手が素早く動いた。
コンテナの機体背面部拘束が解除されると同時に、機体の右手が唯一の武器であるナイフを引き抜く。抜刀術の如く、勢いを殺さずに振り抜かれたそれは、迫り来る切先の横腹を殴りつけた。
直後、コクピットが僅かに揺れる。
「――――よし」
青年は、一言呟く。
その前後ではアリスとシャルが目と口を開けて右下を見ていた。そこには、紙一重で機体の脇腹の横へと突き刺さった剣が映っている。後数秒、いや、コンマ数秒でも遅れていれば、それが自分たちを圧し潰していた事実に冷や汗が噴き出る。
「動くぞ、衝撃に備えろ」
青年が右足のペダルを踏み込んだと同時に、背中のブースターから炎が噴き出る。
推進力をそのままに体当たりと同時に相手の右肩関節部にナイフを突き刺した。飛び散る火花と放電現象を見てアリスは、敵の左手の能力を奪ったと確信した。
「(電気回路を切断した! これで武器は使えない!)」
通常、トライエースは右手で主武装を扱い、左手は盾などの防御用装備で固めるのが一般的だ。その理由は単純で、操縦桿の右手側のボタンで攻撃、左手側で移動を制御しているためである。
実際、敵機エインヘリヤルもその例に漏れず、左腕に小型の盾を装備していた。
反動で一回転しながら地面に転がった敵を見下ろす形でアリスたちの機体は立ちあがる。ほぼ無力化した事実に安堵を覚えたアリスは、ようやく目の前にある小型モニターに視線を下ろす余裕ができた。
そこに映し出されていたのは、機体の各部位の稼働状況。バッテリー充電率はもちろん、破損状況や地形が示された簡易マップ、敵機の表示などがされている。
しかし、アリスの目を引いたのは機体の稼働状況の一番上に記された名前だった。
「――――UHWA-X007NM『ネームレス』?」
口に出してみるがやはり聞いたことがない機体名だった。ただ、Xのアルファベットが入る機体型式番号は開発中――――いわゆる試作機に着けられることが多いことは、知識として知っていた。
「やっぱり、新型機だったのか……」
シャルも同じタイミングで気付いたようで、思わず口から驚きの言葉が漏れる。彼女もまた、モニターに移された機体の立面図を凝視していた。
コンテナ収容時には拘束部分だと思っていたところが画面では展開されており、左右二対のスラスターであることがわかる。翼の半ばを過ぎたところでくの字型に曲がっており、左右と前進にだけでなく上方向への推進力も咄嗟に得ることができるようになっているようだった。
二人が夢中になっていると、唐突に別の通信が飛び込んでくる。
「――――お前、よくも先輩を!」
「息を吸って腹と脚に力を入れろ!」
青年が注意すると同時に凄まじいGが全身にかかり、後部へと体が押し付けられる。遅れて、視界の端でオレンジ色の光が瞬いた。
秒間十発のビームサブマシンガンがネームレスを蜂の巣にしようと迫る。
「おい! このままだと――――」
「次、急制動をかけて攻撃を避けながら接敵する。舌を噛むなよ!」
四つのスラスターが傾き、ネームレスを右方にいるもう一機のエインヘリヤルへと方向転換させる。追ってきていた弾幕が追い付く寸前、ネームレスの上体が一気に傾いた。
「地面に激突する!」
シャルの悲鳴がコクピットに木霊する。それを聞いたアリスは、反射的に胸の前で両手をクロスし、全身を硬直させて衝撃に備えた。そんな彼女の両腕を包み込むように青年の右腕が添えられる。
地面が急速に近付くモニターだったが、次の瞬間に見えたのは黒い空と地面の境界線だった。
「(――――背面飛行!?)」
モニターの上から下へとオレンジ色の弾幕が流れていく。そのまま、一回転して、速度を落とさずに体を起こしたネームレスの左から、照準を修正した弾幕が再び迫ってきた。




