戦いの始まりⅣ
アリスが振り返ると、青年はモニター越しの敵の機体を見ているようで、どこか違うところを見ている気がした。
「……おかしいな」
「ど、どうかしたんですか?」
アリスが不安になって問いかけると、青年はハッとした様子で首を振った。
「いや、こっちの話だ。後ろの君、今、投降するか揉めてるから、少し待つように通信を入れてもらっていいか? その後、相手から通信が来るまで、また切ってくれ」
「わ、わかった」
青年に言われたままシャルが通信回線を開き、バートへと呼びかける。その返事は苛立ちながらも一分で決めろというものだった。
「……一分でどうにかなるのか?」
「やってみるだけだ」
力のない問いかけに青年は淡々と答える。
ただ、アリスは目の前で流れていく文字と数字を見ながら、もしかして、と希望を抱き始めていた。
「(おかしい。動かしてもいないのに、フィードバックされていく!?)」
元々、機体には最低限の動かすためのパラメータが入力されている。
しかし、それは実際に動かしてみると、余分な動きや間違った動きが多い。動かして、修正することが余儀なくされる。もちろん、毎回それを手動で直すわけにもいかないので、OSには標準装備として補助AIも組み込まれている。
ただ、アリスの疑問は、その修正が出力されることなく行われている点にあった。どんな機体も修正するためには動かした結果を見なければ、修正できない。それなのに、今、目の前ではその結果を見たかのように数字が再入力され、訂正され、最終的に補助AIが最適な伝達関数を作り出す。
アリスが驚きをこの短時間で幾つも感じていると、後ろから青年が何かを呟いているのが聞こえた。
「――――基本動作数値、再設定完了。誤差及びノード接続関連度、随時修正。各システム、確認……ネットワーク非接続状態。再接続を、ちっ、バックドア駆除、いや、パスワードも変更か……非接続のままでも問題なし。このままでブートストラップ実行」
「(早い。しかも、初期化されてるシステムのバックドアに気付いた? そもそも管理者でないのにパスワード変更って)」
アリスが戸惑っている間にも画面が暗転し、再起動する。
中央には更新中のバーが百分率の数値と共に動き出し、後はそれが完了するのを待つばかりだ。
「時間だ。答えを聞こう」
通信回線が切れたままだったからだろう。痺れを切らしたバートが再び外部スピーカーで呼びかけて来た。
「これが終われば、確かにこいつは動くかもしれないけど……お前、トライエース動かしたことあるのか?」
「ない。でも、問題はない」
「いや、問題しかないんだよ!」
シャルが青年の肩を掴むが、青年はどこか気だるげに呟く。
「こいつを動かす。シートベルトを締めてくれ。多少、コクピットの揺れを抑える構造にはなっているが、あるのとないのとでは大違いのはずだ」
「わ、私は……」
アリスは慌てて周囲を見回す。メインとサブの席しかないので、己の座る場所をどうするべきか今更悩んでしまった。
そんなアリスの前に青年の腕が回される。分厚いシートベルトをアリスごと締め始めた。
「え、あ、あの――――」
「悪いけど、今はこれで我慢してくれ。できるだけGがかからないようには努力する。下の方は骨盤に自分で合わせてくれ」
「わ、わかりました」
アリスがシートベルトを閉めながらモニターを見ると、更新進捗が90%を超えていた。
これならば間に合うか――――。そんな希望を抱くアリスの目の前で、バートの乗った機体が剣を後ろに引き絞った。
「仕方がない。コックピットだけでも、ぶっ壊して持って行くか。じゃあな、くそったれども。宇宙のデブリになりやがれ」
突き出される鈍色の光を放つ金属の塊。それは狙い過つことなく、コックピットへと突き刺さる――――はずだった。




