宙の海よりⅤ
アリスは脳内にある必要なプログラムの内、最低限必要な物を検索機能にかけて行く。膨大なアルファベットと数字の羅列を見ていては時間が足りない。その為の苦肉の策であったが、幸運にも、それはすぐに見つかった。
検索ワードに打ち込んでも表示がされない。それはそのプログラムが存在していないことを意味していた。プログラムの無効化や無意味な数値への置き換えなど、他の可能性もある中、アリスがそれを見つけ出せたのはすべて偶然という訳ではなかった。
「(よし、やっぱり、妨害するならプログラムの内容を消すのが一番早くて確実……!)」
ゲームでのシチュエーションは様々だが、その中でも難易度を高くすると良く遭遇するのが、この手のタイプ。理由は簡単で、復元するときに必要な工程が最も多いからだ。
無効化や置き換えはバレてしまえば、僅かな修正で直ってしまう可能性がある。それに対して、プログラムの内容自体が消えている場合、その前後のプログラムに合致するように書き直すということが必要だ。
アリスはオペレーターが第二波をすべて撃墜したことを聞きながら、手と脳を動かし続ける。
「第三波。これが最後です! 数は――――九十四発!」
「シューティングスターズ。再起動完了! 行けます!」
シューティングスターズは左右に一門ずつ装着された大口径ビーム砲。放出時間が多少長くても、威力が大きい為に薙ぎ払うような形で複数のミサイルを迎撃することも可能になった。
しかし、それでも巴は手数が足りないと判断しているようで、地上の迎撃ミサイルの状況を逐一確認しながら指示を飛ばしている。
「これを凌ぎきれば後続のミサイルはありません。着弾まで残り十!」
オペレーターの声に一層、艦橋の緊張感が高まる。
アリスが手を動かす中、響が真っ先に背後へと駆け付けた。集中するアリスに話しかけることなく、モニターに映し出されたプログラムコードを読む。
アリスが何を修復しているのかを観察し、その上で響は後ろで見守った。
「あなた、何してるの? 早く代わって――――」
「この速度なら、僕が代わる時間がロスになる。アリスを信じよう……!」
オペレーターのカウントが五秒を告げた瞬間、響の想いに応えるようにアリスの指がエンターを素早く押した。
即座に起動するスターマイン。秒間で五十発以上を放つ迎撃兵装。音速の数倍程度なら確実に撃ち落とすそれが二門ある。
対して降り注ぐミサイルは音速のおよそ二十倍。横から撃ち抜こうと挑めば、この短時間ではミサイルに軍配が上がるだろう。だが、直上から来るミサイルだけに絞れば、立場は逆転する。どんなに早くとも弾道の予測計算は最小限で済むからだ。
五秒。迎撃するために残されたわずかな時間。グルファクシの甲板にある砲塔たちが一斉に火を噴いた。
次々に赤と黒の衣を纏って勢いを失うミサイル群。モニター上で次々に信号が消えて行く中、艦内にいる人々ができることは祈ることだけだった。
最後の赤い光点はグルファクシのほぼ真上。それが着弾まで三秒というところで消失する。誰もが安堵の表情を浮かべるが、巴だけは違った。
「破片が落ちて来るぞ! 総員、衝撃に備えよ!」
モニターにミサイルとは別の――――恐らくはデブリ扱い――――マークがグルファクシに向かって降り注ぐ映像を示している。スターマインがそれらを認識して迎撃しているが、破片の数は無数。いくら一秒に弾を吐き出そうと、砲門が向くことができるのは一カ所のみ。グルファクシ全体を守るには時間があまりにも足りなかった。
「アリス! 頭を伏せろ!」
背後から伸びた響の腕の中にアリスの頭が押し込まれる。
特別仕様の航宙艦とはいえ、高速で飛来する物体がぶつかればダメージを受けるのは避けられない。アリスは響の腕を掴み、思いきり目を瞑って、来るであろう衝撃に備えた。




