戦いの始まりⅡ
だんだんと近づいて来る二機のトライエースに、アリスとシャルは緊張で息がまともに吸えなくなっていた。
「ど、どうしよう」
「どうしようったって、とりあえず、時間稼ぎするしかないだろ。ロンの奴がシェルターに辿り着いてくれれば、ここの警備用トライエースが来てくれるはず」
シャルは自分に言い聞かせるように、早口で捲し立てる。
そんな中、青年は周囲を見回しているだけで、まるで緊張しているようには見えない。
「おい、どこから来たかわからないお前。何で、そんなに平然としてられるんだよ」
「そう言えばそうだな。自分でも不思議なんだが……」
そう言って、青年は近付いて来る機体を指差して、シャルに問いかける。
「あれは君たちの敵、ってことでいいのか?」
「恐らくな。この機体、少なくとも世に出ているトライエースじゃないのは間違いない。宇宙開拓連合軍の最新鋭の機体だと思う」
「なるほど、軍事機密を知ったから、無事では済まない、ということか」
この機体の中にいることがバレれば、この場で殺される可能性が高い。
万が一、バレていなかったとしても、相手はこの機体を間違いなく回収する。そうすれば、敵基地や航宙艦に辿り着いた時点で、中から引きずり出されてしまう。
どちらにしても死ぬか、死ぬよりも酷い目にあうことが予想された。
「あれを無力化すれば助かる。同じロボットなら戦うことも――――」
「無理なんです。この機体、動かすための準備が一切整ってなくて、立ち上がるのも私たちだけじゃ、何十分かかるかわかりません」
アリスが悲痛な声を上げながらもキーボードを叩く。
「それに、この機体の装備は腰に着けているナイフのみ。相手は見ての通り銃火器を持ってます。この機体の装甲がどれくらい硬いかはわかりませんが、長くは持たないでしょう」
「……君たちが、キーボードを入力し続けているということは、この中で閉じこもるよりも動かした方がマシだと?」
「はい。最悪、コクピットだけ破壊して、持ち帰るなんてこともあり得ますから――――」
アリスが答えた瞬間、外から途切れ途切れではあるが、男の声が響いた。
「こちらURU軍所属、バートである。その機体に搭乗している者がいるなら、応答されたし」
どうやら、外部スピーカーを使い、呼びかけているようだった。
二人のキーボードを叩く音が一瞬止まる。アリスは青年に振り返ると人差し指を立てて、静かにするようにとサインを送った。青年もそれを理解し、ゆっくりと頷く。
「繰り返す。その機体は、我が軍の重要な機体である。中に搭乗している者は、速やかに降機せよ」
自信に満ちた声音は、乗っている者がいると確信しているようにも聞こえる。
しかし、ハッタリの可能性も捨てきれず、三人は静かにその声をやり過ごす。コクピット内には二人がキーボードを叩く音だけが響いていた。
「ふむ、では仕方ないな。この場で処分するとしようか」
近づいてきた機体が、空いた手にロングソードのような物を装備する。そして、その切っ先をコクピットの方へと向けた。
「シャル、多分、コクピットを無理矢理、こじ開けるつもりみたい!」
「ちくしょー、こうなったら!」
万事休す、そう思われた時、後部の補助座席にいたシャルが身を乗り出す。前の座席についていたレバーへと手を伸ばすと、複数あるボタンの内の一つを押す。
するとモニターには、迫って来ていた切っ先を拳で弾き飛ばす映像が映った。
「やはり、誰か乗って――――いや、待て、エンジンのない機体をどうやって、動かしている!?」
驚愕の声が響いた後、コクピット内に通信が入った。
「何者だ。そこで何をしている!?」
「お前らが天井を破壊したから、この中に逃げ込んだんだよ」
「ふざけるな。それならば、何故、この機体が動いている!?」
「知るかよ。自分の国の開発者か、整備士にでも聞いてくれ!」
やけくそ気味にシャルが言い返すと、しばらくの沈黙があった。