出会いⅠ
「こちら宇宙開拓連合軍所属、マルクス級航宙艦『サンダー』。繰り返す、こちらは――――」
艦橋にオペレーターの声が木霊する。
しかし、その声に返って来る言葉はなく、艦橋にはキーボードを打ち込む音とエンジンの駆動音が虚しく響くだけだった。
「艦長。おかしいです。こちらの信号が届いていません」
「念の為、もう一度だ。回線をオープンにして構わん。最悪、救難信号を出すことも考えねばな」
初老の男性が落ち着かない様子で顎髭を撫でる。音こそ立ててはいないが、しきりに踵が上下運動をして貧乏ゆすりをしていた。
「しかし、艦長。もし、この船の積み荷を調べられたら問題になります」
「そこは嘘も方便で誤魔化すしかない。最悪、武装を全て放棄して敵対の意思を見せなければ、奴らも無理には押し入ろうとはすまい」
「――――わかりました」
副艦長は反対意見を述べようとするも、対案が浮かばず、静かに席へと腰を下ろす。
「そろそろニアムーンコロニー群の警告圏です。しかし、未だに応答ありません」
「こちらの受信設備が壊れている可能性もある。チェックしろ。それと両翼の信号を点灯させろ。SOSだ」
「了解しました。引き続き、オープン回線による周囲の艦及び施設への呼びかけを行いながら、光による救難信号も点灯します」
オペレーターの返答に艦長は小さく頷いた後、自らもキーボードを叩き、艦の状況を確認する。画面に映し出されるのは艦の全貌がわかる3D映像。
しかし、異常を示すシグナルはどこにも無く、オールグリーン。エンジンは問題なく起動しており、推進出力、発電量共に十分。それにも拘らず、彼らの艦は宇宙を漂流していた。
彼らが目指しているのは月面基地セージ。そこにいる仲間の科学者に、ある物を秘密裏に渡すことであった。
本来ならば、とっくに到着していてもおかしくない時刻だが、不思議なことに艦は砂漠の蜃気楼に惑わされたかのように、いつまで経っても近付けない。それどころか航路を反れ、月の公転経路上にあるコロニー群「ニアムーン」へと近づいていた。
進路を修正しても、手動で舵を握っても知らぬ間に航路がズレ始める。担当の航海士は、額から汗を流すどころか、半分涙目になっていた。
「地球保全連合軍の攻撃ではないだろうな?」
「いえ、それはあり得ません。本艦は最新鋭のレーダーとジャミングシステムを搭載したばかりです。どちらも同時に故障するなど起こらない限り、攻撃など――――」
「では何が原因だ!」
艦長が拳を振り下ろす。大きな音が環境に響き、部下たちの動きが一瞬止まった。
「艦長、落ち着いてください。特に警報もなっておりませんし、速度に気を付けていれば、ニアムーンの自動迎撃システムに引っ掛かることもありません」
「それなら、良いのだがな……おい、何か艦が傾いていないか?」
「また、操舵システムがズレたのかもしれません。おい、もう一度、入力し直せ」
副艦長が指示を出すと同時に、艦が小刻みに振動した。通常の航行中に起こるはずのない揺れに艦長以下全乗組員の背筋が凍り付く。まさか、レーダーに一切引っかかることなく、何者かから攻撃を受けているのか、と。
数瞬遅れて、艦橋内に警告音が鳴り響く。赤い警告灯も光り出し、全員の心臓が早鐘を打つ。
「重力場を艦外に複数感知!」
「重力嵐だと!? 馬鹿な、こんな地球のすぐ近くで起こるはずがない!」
艦長は否定するが、目の前のマップに表示されているのは夥しい数の重力変動を表す円の波形。大小様々な直径を持つ円が、そこかしこでピコンピコンと音に合わせて中心から放たれていた。
「まずいです。このままだとニアムーン第七コロニーへと追突します!」
「エンジン出力全開! レーダー、ジャミングへのエネルギー供給をカット! 重力嵐を振り切れ!」
「了解。エンジン出力全開!」
オペレーターの掛け声の直後、全員の体が椅子へと押し付けられる。
「――――この作戦が明るみに出れば、再び泥沼の戦争になるやもしれん。それだけは避けねばっ!」
艦長の祈りとは裏腹に、艦は無情にもコロニーへと吸い寄せられていった。